動物本来の動きを見せる「行動展示」で、旭山動物園を一躍日本一にした元園長・小菅正夫さんが、10年ぶりとなる単著『聴診器からきこえる 動物と老いとケアのはなし』を書き下ろしました。

 動物の看取りや余生、延命治療など、これまであまり語られることのなかった“動物園の裏側”を交えながら、動物の生死やQOL、高齢化する動物園の動物福祉について考えぬいた一冊です。

 「動物から学ぶことはたくさんある」と小菅さんは語ります。「生きがいがわからず将来が不安」、「仕事や人間関係で悩んでいる」。という人は動物たちからヒントをもらいませんか。

 今回は特別に、一部を抜粋してお届けします。


静かに死ぬ

 獣医なので、動物の最期にはずいぶん立ち会いましたが、どの動物にも共通しているのは、痛いから、苦しいからといって大騒ぎしないことです。骨折しても平然としている。最後の最後まで「100%健康です」というような顔をして死んでいくのです。しかもみんな黙ってひっそりと死んでいきます。

 おそらく野生動物だからでしょう。野生では、痛がったりすると、弱っていることを第三者に知られることになり、それは即、外敵の格好のターゲットにされるわけですから、きっと我慢するということが遺伝子の中に組み込まれているのでしょう。

 それにしても痛みは人間と同じようにあるはずです。言葉は喋れないから確認はできませんが、神経などは人間と同じように走っているので、痛いはずなのです。

 ただ、まれに痛みを表現することはあります。旭山動物園にいたシマウマにまつわる印象深かった出来事です。シマウマが動かないと飼育員から言われて、見に行ったんです。すると、胸を張ってぴしっとした姿勢で立っていました。一見、何も問題があるとは思えない。でも、言われたように動かないのです。視線もそれほど動かないし、後ろ足も一歩も出ない。

 これはどこが悪いんだろう……。そう思って、私は一旦帰るふりをして、木に隠れるようにしてシマウマをじっと観察していました。すると、もう誰もいないとわかったときに、突然緊張を解いたようで、右前足を痛そうに浮かせたのです。

 「あ、右前足が悪いんだな」とわかり、麻酔をかけてレントゲンで確認したら、指骨(しこつ)が折れていることがわかりました。驚いたことに、縦に3つに割れるという重傷です。何かの拍子にひねったのだと思いました。痛かったはずだけれども、誰かに見られている間は、「何でもありません」みたいな顔をしていたのです。ある意味、すごい“演技力”です。

 もちろん手術をしました。昔からシマウマの麻酔は覚醒時に暴れて走り回り、どこかにぶつかって死んでしまうと言われていました。そこで、私は完全覚醒まで立ち上がれないように、コンパネに首と肩を平打ち縄で固定(柔道の袈裟固(けさがため)のように)しておき、しばらく自由に動けなくして時を待ちました。覚醒後に縄をほどいてやると、シマウマは普通に立ち上がって、手術は無事に成功しました。ちょっと鼻高々だった思い出です。

2025.05.24(土)
文=小菅正夫
イラスト=赤池佳江子