アフリカでライオンがシマウマに嚙みついたとき…
「あ、右前足が悪いんだな」とわかり、麻酔をかけてレントゲンで確認したら、指骨(しこつ)が折れていることがわかりました。驚いたことに、縦に3つに割れるという重傷です。何かの拍子にひねったのだと思いました。痛かったはずだけれども、誰かに見られている間は、「何でもありません」みたいな顔をしていたのです。ある意味、すごい“演技力”です。

もちろん手術をしました。昔からシマウマの麻酔は覚醒時に暴れて走り回り、どこかにぶつかって死んでしまうと言われていました。そこで、私は完全覚醒まで立ち上がれないように、コンパネに首と肩を平打ち縄で固定(柔道の袈裟固(けさがため)のように)しておき、しばらく自由に動けなくして時を待ちました。覚醒後に縄をほどいてやると、シマウマは普通に立ち上がって、手術は無事に成功しました。ちょっと鼻高々だった思い出です。

シマウマといえばもう一つ、アフリカでライオンがシマウマに嚙みついたのを見たことがあります。シマウマの目がすごかった。嚙みつかれた直後は目を見張っているのですが、その目はどちらかというと痛みに苦しんでいるというよりも、「恍惚」の表情に見えたのです。
もしかしたら、動物は死ぬときに、痛みを上手く気持ちよさに変換させているのではないか、とさえ思いました。ドーパミンのような、脳が快くなる物質が大量に出て、痛みや苦しみを覆い隠してしまうのかもしれません。想像が過ぎますかね?
「痛み」は、何かを忌避するために必要なものです。死にゆく動物にとっては、痛みを感じる意味がないから、きっと脳が「痛み」を変換させて「恍惚」の状態にしているのではないかとさえ思えます。
認知症患者の初期症状で、本人の表情や言動に多幸感が見られるのは、ドーパミンバランスや感情処理のメカニズムに変化が起きていることと、短期記憶の保持が難しくなり、ネガティヴなことを覚えないからだと言われていますが、これも「老いや死への恐怖」を忌避するための脳のプログラムではないのかと、つい考えてしまいます。
2025.05.24(土)
文=小菅正夫
イラスト=赤池佳江子