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私たちは働いてるんだ。おっぱいが出てるからなんだ。忙しいんだ――愛おしい膝の黒ずみが物語るのは、“本物のバニーガール”としての矜持だった。魔法のない時代に生きる「魔女」たちとの交流を描いたエッセイ、第7回です。(前篇を読む)

 2年ほど経って、私は文筆の仕事を始めた。本を出したことを報告すると、お客様たちは決まって「俺たちの悪口書いてるんでしょ! こんなウザいオヤジがいた~って!」と笑いながら言う。「辞めたら書くかもね~」と返事をすると、みな一層嬉しそうに「書いていいよ! たくさん買うよ!」と言ってくれる。近くの本屋に本が売っていると伝えれば、店を飛び出してわざわざ買いに走ってくれる人もいた。そして次にやってきたときには丁寧に感想を伝えてくれる。彼らがここで食事ができるほどの経済力を持っているのは、こういう誰にでも誠実な姿勢をとっているからなのかもしれないと思う。私の紹介で働き始めた友人は「ここで働いてると自己肯定感上がるわ。理不尽に怒ったり、ひどいことを言ってくる人がほとんどいない」と言った。水商売に疲れてここへやってきたバニーも少なくないのは、きっとそういうことなのだろう。私たちは馬鹿にされる存在ではなく、対等な人間だということが、ここにやってくる人々のなかには前提としてあるのだと日々思う。

 ある日、いつものようにSNSのタイムラインを眺めていると、見覚えのある写真が流れてきた。それは床にひざまずいてドリンクを作っているバニーガールの写真で、私が働いている店ではないものの、どこかの店舗で撮られた写真であることは明らかだった。店では限られた場所以外の写真撮影は禁止している。もちろん無許可でバニーガールの写真を撮ることも禁止だ。ときどきそれを知らずに撮影しようとする人もいるが、見つけ次第丁寧に注意している。きっと会員に連れられたゲストが撮ったものだろう。写真には「安い時給で、こんな格好で働かされるなんて可哀想」というような文言が添えられていた。ポストにはすでにたくさんのいいねがつけられていて、引用のコメントは軒並みその意見に賛同しているようだった。

「こんな格好で膝ついて働くの嫌すぎる」

「搾取だ」

「いつの時代だよ」

 たしかに、とコメントを眺めながら思う。ポストに書かれている通り、私たちの時給はキャバクラほど高額ではないし、写真一枚で見てみればかなり従属的な光景に見える。私自身働きながら、この店はネットの活動家かなにかに見つかったら、たちまち潰れてしまうかもしれないとうっすら考えていた。それでも、なにも知らない見ず知らずの人間に「可哀想」と言われるのは腹が立つ。私たちは働いてるんだ。おっぱいが出てるからなんだ。忙しいんだ。みんなお辞儀の角度まで練習して、自分のバニースーツが欲しくて、規定とチキンレースをしながらネイルやヘアスタイルも工夫して、好きなお客様がいて、久しぶりに来てくれた人の無事を祝って、遠くに行ってしまう人と寂しさを分かち合って、毎日一生懸命働いてるんだ。搾取されてるなんて、勝手に決めつけられる筋合いないんだけど。

2025.06.03(火)
文=伊藤亜和
イラスト=丹野杏香