「卯月、お疲れさん。朝マック行かない?」

 夜勤明けは、食欲もおかしい。私は、大好きなあのテロンとしたホットケーキを想像する。甘いホットケーキとしょっぱいハッシュポテトの組み合わせは最高だ。朝マックは十時半までで、今はまだ九時。残業のなかった夜勤にだけ許される嬉しいご褒美。

「行きます~」

 即答しながら、透子さんと一緒に更衣室に向かって歩く。

「一晩平和で良かったね」

「はい。本当に」

 ナースステーションを出るまでは決して口に出してはいけない言葉を透子さんが言う。勤務中に「今日は平和だ」と口に出すと必ず何か起こると言われているのは、おそらくこの病院だけじゃないはずだ。看護師界隈では都市伝説のように語り継がれている。だから、勤務中は決して「なんか今日平和だね」なんて口にしない。本当に何事もなく無事に勤務を終え、ナースステーションを出てから初めて「平和で良かった」と穏やかな勤務への感謝を噛み締めるのだ。

 更衣室に着くと、まだ夜勤明けの看護師は少なかった。残業しているのかもしれない。私は何事もなく日勤に引き継ぎができて良かったと思いながらも、大岡さんの「思い残し」について考えていた。

「職人がお昼を食べるのも忘れて脚立から落ちる原因?」

 マックに着いて、透子さんがホットコーヒーを啜りながら言う。

「はい。職人気質だったんですよね。真面目で几帳面。それなのに、薬を飲んだあと食事をとらずに脚立に登るでしょうか。Oさんが飲んでいたのは即効性のある薬だったから、食直前に飲むタイプだったはずです。ブドウ糖も飲まなかったみたいだし……」

 ナースステーションを出たら、患者の名前は出してはいけない。看護師には守秘義務があるからだ。ましてや外食中に話していいことではない。私は、まわりに聞こえないように声を抑えて、透子さんと会話する。

「うーん。木の剪定を急いでいたとか?」

「そんなに急ぐ剪定なんてありますかね」

「じゃあ、何かほかのことに気をとられていたとか?」

2024.05.11(土)