「まだ、慣れませんか?」
「うーん、だいぶ慣れたけど、夜勤やるとあまりに静かで、逆に不安になるよ」
たしかにこの病棟は静かだ。それは、良くも悪くも患者に大きな変化がないから。
「オペ室のときはさ、常にアラームとか機器の音がしてて、みんな走り回ってたよ。器械出しのナースに怒る先生もいたし、夜勤だと余計にみんな殺気立ってて、殺伐としてた。それに比べたら、ここはほんと静かだわ」
「走ることなんて、ほとんどないですからね。走ると患者さんを驚かせちゃいます」
「そうだよねえ」
怒号が飛んでも、走り回ってでも、目の前の患者の手術を成功させるということに全神経を注ぐオペ室と、長い目で少しでも安楽に過ごしてもらうことを考える長期療養型病棟では、時間の流れ方が違うのだろう。オペは長くても十数時間。一般病棟の入院の平均は二週間。ここ長期療養型病棟は、三ヵ月から六ヵ月が平均で、患者によってはもっと長い間入院している。私はそんな病棟で働き始めて、今年で五年目だ。
「じゃ、見回りしてくるわ」
透子さんはもう一度伸びをしてから、懐中電灯を手にした。
各々、自分の部屋持ちの見回りをして、看護記録をつける。もうすぐ午前三時。そろそろ私の休憩時間だ。夜勤の仮眠休憩は、だいたい一時間半くらいと決まっている。
「卯月の部屋持ちで何かやっておくことある?」
「いや、特にないですね。点滴の滴下確認だけ、お願いします」
「了解。じゃ、いってらっしゃい」
「はい。よろしくお願いします」
私は医療用PHSを透子さんに渡し、ナースステーションを出た。
休憩室へ行き、春雨ヌードルで夜食を済ませ、簡易ベッドで横になる。すっと眠りに落ちたと思ったら、スマートフォンのアラームが鳴った。仮眠はいつも一瞬に感じる。カーテンを開けると、春の霞んだ空が少しずつ白み始めている。朝の四時半。切りそろえたボブの髪をとかし、耳にかけてサイドをヘアピンで留める。「よし」と小さく声に出す。また今日も、当たり前みたいな顔をして一日が始まる。
2024.05.11(土)