「ショックを受ける必要はありませんよ。ちなみに、人間は脳のごく一部の機能しか使えていないっていう話、聞いたことあります?」

「まあ、よく言われてる話ですしね……。でも、それが?」

「実は、人間の脳の機能については、まだそのほとんどが解明されておらず、未知の部分が多くあります。ですから、あなたが見た幻覚も精神の異常ではなく、脳が持つひとつの機能だと捉えていただければと思いまして」

「機能……?」

「ええ。まず前提として、これはすでに解明されている内容ですが、脳は目にしたものを本人の意識外の部分で大量に記憶しており、それを、眠っている間に整理しています。ですから、幻覚はその過程において出来上がった、曖昧な記憶の掛け合わせだと私は解釈しています」

「でも、自分の記憶が元になっているなら、まったく見たことがないものが現れるのはやっぱりおかしいでしょう?」

「ええ。ですが実際は、まったく見たことがないと感じているだけです。脳に保存された記憶のほとんどは、さっきも言ったように本人の意識外のものですし、その組み合わせによって記憶にない新たなものが出来上がってしまうことも、往々にしてあります。それが、不安や恐怖心などをトリガーにして、さも現実であるかのように目の前に現れるのが、いわゆる幻覚です。もちろん、すべての幻覚がそうだとは言いませんが。そして、幻覚というものは、寝起きなどの意識が曖昧なときに、もっとも起こりやすくなります」

「……確かに、女性が現れるのはいつも夜ですけど」

「あなたの場合は、“水場には幽霊が集まる”というふいに得た知識が、幻覚をさらに明確なものにしてしまったのではないかと」

「そう、でしょうか……。そう言われると、そんな気がしなくもないけど……」

  さも半信半疑といった呟きを零しながらも、女性の目には、さっきまでなかった小さな希望が滲んでいた。

  しかし、女性はすぐにそれを収め、一華に縋るような視線を向ける。

2024.04.30(火)