「嘘だなんて思っていませんよ」

「本当ですか……? っていうか、私自身、おかしいこと言ってるって自覚してるんです。そもそも、もし本当に憑かれてるなら、病院じゃなくてお寺でお祓いをしてもらうべきなんじゃないかとも思いますし。でも、お祓いってなんだかハードルが高いというか……。だから、相談したら幽霊が視えなくなるっていう先生の噂をネットで見つけて、勇気を出して静岡からここまで……」

  この、誰にも言えないまま溜めに溜め続けたのであろう思いの吐露までが、一セットとなる。

  一華はタイピングの手を止め、女性をまっすぐに見つめた。

「大丈夫ですよ。あなたが見たものは、幽霊なんかではありません。それに、すぐに見えなくなります」

  もし、患者が藁をも掴みたいくらいに切羽詰まった状態だったなら、この言葉でひとまず落ち着いてくれるが、ほとんどの場合はそう簡単にはいかない。

「幽霊じゃないなら、つまり幻覚ってことですか……?」

  なぜなら、そのいかにも怪訝そうな口調が表す通り、人というのは視えるはずのないものが視えてしまったとき、それが霊であろうと幻覚であろうと、いずれにしろ簡単に受け入れられるものではないからだ。

  現に、女性は幻覚と口にした瞬間から明らかに動揺し、一華の返事を待たずにさらに言葉を続けた。

「だけど、もしあれが幻覚だとするなら、私の精神状態はかなり異常ってことになりますよね……? だって、毎晩血まみれの女性が体の上に乗ってる幻覚を見るなんて、明らかに健全じゃないもの……。メンタルクリニックに来ておいてこんなこと言うのもなんですけど、それはそれでショックっていうか……」

  女性は言いにくそうに語尾を濁し、深く俯く。

  一方、一華は密かに手応えを覚えていた。

  なぜなら、その発言は、幽霊を視たと信じ込んでいた女性の思考に、幻覚である可能性が新たに加えられた証拠とも言える。

  ここまでくればあとは導くだけだと、一華はゆっくりと首を横に振った。

2024.04.30(火)