「ただ、理屈を理解したからって解決にはならないでしょ? 幻覚を見ないようにするには、どうすれば……」

  その想定通りの質問を受けて、一華は成功を確信していた。そして。

「理屈を理解し、幽霊を視たという思い込みを否定した時点で、あなたの脳はもう新たな解釈を始めています。ですから、もう幻覚を見ることはないと思いますよ」

  はっきりとそう言い切ると同時に、女性は大きく目を見開いた。

「もう幻覚を見ることはない……? そ、そんなハッキリ言っちゃっていいんですか……?」

「ええ、大丈夫です」

「これまで、ほとんど毎晩見てたんですよ……?」

「ですが、もう見ません。少なくとも、同じ幻覚は」

「どうしてそこまで言い切れるの……? 根拠は、さっきの話だけですよね?」

「プロですので、わかります。もっと深いところまで根拠を語ろうとすれば、さっきの何倍も長い話になりますが、聞いて行かれますか?」

「い、いえ、理解できそうにないからいいです……。だけど、そこまで言っておいて、もしまた見えてしまった場合は? っていうか、本当に幽霊だったら……?」

「あり得ません。幽霊なんて存在しませんから」

「…………」

「大丈夫。どうぞ、ご安心ください」

「……わかりました。一旦、様子を見てみます」

  女性はどこか納得いかないといった表情で、けれど瞳にはわずかな希望を宿したまま、ぺこりと頭を下げカウンセリングルームを後にする。

  そして、戸が閉まった、瞬間。──突如、部屋全体がガタンと大きく揺れた。

  同時に、周囲の空気がずっしりと重く澱み、室温はみるみる下がって一華の吐く息が白く広がる。

  一華はひとまず溜め息をつき、──それから、戸にべったりとしがみついた、血まみれの女に視線を向けた。

「……悪いけど、あなたはここから出られないのよ。この部屋には結界を張っているから」

  語りかけると、女は怒りをあらわに戸に爪を立て、ガクガクとぎこちない動作でゆっくりと振り返る。

2024.04.30(火)