バスが発車したあと、大きな交差点で信号待ちをしているタイミングで、桐子はふたたび解説を加える。
「今、バスの窓から見える高松市立中央公園には、地元出身の菊池寛の銅像があります。香川県って他にも、猪熊弦一郎をはじめ、多くの芸術家のゆかりの地でもあって。高松市内だけでも、見るべきアートってたくさんあるんです」
「なるほど」
メモひとつ見ずに解説していた桐子を、優彩は横目で眺める。
公共交通機関を利用しながらも、こうして高松市内のアートスポットをたっぷりと案内してもらえるとは。お金を払わなくても自由に鑑賞できるアートが、意外とたくさんあるという事実にも、優彩は驚いていた。
一人で来ていれば、石の彫刻作品や県庁舎など気にも留めなかっただろう。ましてやつくった人たちの人生や、街の歴史について教わったうえで見ると、他の風景も色調がはっきりして、ここにしかない特別なものに映る。
桐子のような人は、どういう人生を歩んできたのだろう。自分がうまくいっていないと、つい他人の芝生が青く見える。ずっと順風満帆な人なんていないとわかっていながら、羨ましいというか、憧れを感じる。
なんせアートに関わる仕事をしているのだ――。
「なにか?」
「いえ、なんでもないです」
慌てて誤魔化し、優彩は窓の外に視線を戻した。
高松駅は海岸の目の前にあり、フェリー乗り場までは徒歩五分ほどだった。
桐子は「フェリーの時間まで余裕があるので、昼食をとりましょう」と言って、港のはずれにある小さな商店街に案内してくれた。実のところ、優彩はサンドイッチを持参していたが、旅慣れていない証拠のようで恥ずかしくなり、隠しておいた。
水産物の卸売市場や飲食店など、小さいが活気のある商店街の一角に、「食堂」というのれんのかかった定食屋があった。店内は混みあっていたけれど、ちょうど二人席がひとつ空いている。
「いらっしゃい、そっちにどうぞ」
元気のいい男性店員に案内されて、優彩と桐子は向き合いテーブルについた。最近ほとんど外食をしていなかったので心躍る。この際、値段は気にせず好きなものを注文しよう。せっかく香川に来たのだから、と優彩はうどん定食を選んだ。
2024.01.23(火)