すぐにお盆にのって運ばれてきたのは、腰のありそうな太い麺に、つややかな卵ののったどんぶりに加えて、エビや白身魚の天ぷらの小鉢だった。優彩はいつにない空腹を感じ、うきうきした気分で手を合わせ、割りばしを割る。
これまで食べていたうどんはなんだったのだろう。そう唸らずにはいられない食べ応えのある麺だった。絡みつくだし汁と、絶妙に相性がいい。また、添えられた天ぷらに油っこさはなく、魚の新鮮さとうまみがうどんの素朴さをよく引き立てていた。
あっというまに完食した優彩に、桐子は目を細めて言う。
「直島には、岡山の方面からのフェリーも就航しているんですが、桜野さんの事前アンケートに、好きな食べ物は麺類だと書かれていたので、どうせなら香川県のうどんも味わっていただきたくて。この店はうどんも魚料理も絶品なので」
「そうだったんですね」
こちらが気づいていないだけで、すべての旅程に、なんらかの意味があるのかも、と改めて感じ入る。
同時に、ずっと気になっていたことを訊いてみたくなった。
「あの、アートの旅って、いまいちよくわかっていないんですが、私でも大丈夫でしょうか? とくに今回のような現代アートとかって、雑誌や本で何度か触れたことがあっても、実物はほとんど見に行ったことがないんです」
桐子は食後に給されたお茶を一口飲むと、背筋をぴんと伸ばして、こちらをじっと見返した。
「旅行って、人生を見つめ直す時間だと思うんです」
急に言われても、優彩は戸惑う。
これまで旅行をした経験が少ないので、そう言われてもピンと来ないからだ。
「えっと、そう……なんでしょうか」
「はい。どうか難しく捉えないでください。現代アートにしても、高尚そうだとか意識が高そうだとか、敬遠されがちですけど、本当はもっと気楽に、これまでの人生について、生きることについて、ふと立ち止まって考えるためのきっかけに過ぎないと、私は思うんです。だから旅行とも、きっと相性がいいんじゃないかって」
2024.01.23(火)