半信半疑ながら、担当者だという志比桐子と、メールのやりとりをはじめた。
希望する日時、移動手段、宿泊先、食事についての好みなど、細かい質問リストが送られてきた。やりとりのなかで、行先は瀬戸内海に浮かぶ直島という、以前から一度は行ってみたかった「現代アートの聖地」に決まった。
ガタン、という衝撃でわれに返る。
いつのまにか、機体は高度を下げ、薄い雲をくぐりはじめている。やがて青々とした瀬戸内海に、ぽつぽつと緑ゆたかな島々が浮かぶのが見えた。絵ハガキのような光景だった。今からあの島を旅するなんて、どんな出会いが待っているのだろう。現実の心配事は完全には消えないけれど、胸の高鳴りを抑えられなかった。
*
高松空港で荷物を受けとって外に出ると、空は雲ひとつない晴天が広がっていた。時刻は午前十一時過ぎ。リムジンバスに乗りこむと、桐子は優彩に「よろしければ、窓側におかけください」と言って、二人並んで座った。
「この旅では、ご希望通り、公共交通機関をなるべく利用して参ります」
「ありがとうございます」
レンタカーという選択肢もあったようだが、優彩は歩くことが好きだし、さまざまな乗り物を試してみたかった。それに、道中ずっと車を運転してもらうのも、申し訳なくて遠慮してしまう。
バスが発車してまもなく、桐子から声をかけられる。
「じつはここにもアート作品があるんです」
「えっ、空港に?」
「はい。窓の外をご覧ください」
バスは空港バスターミナルの正面にある駐車場の脇を通って、ぐるりとロータリーになった道を走っていた。その中央にある芝生の空き地には、石が高く積みあげられている。工事中の石材にしては、きれいな半円型をえがいており、背後には、同じ石でなだらかな坂がつくられている。
「あれ、ですか」
「はい。イサム・ノグチの《タイム・アンド・スペース》という遺作です。香川県は、花崗岩のダイヤモンドと呼ばれる庵治石が採れます。彫刻家のイサム・ノグチはそれを素材として使用していました。この作品は古代のストーンサークルみたいに、角度によって異なった姿に見えるんですよ」
2024.01.23(火)