韓国の2022年度の合計特殊出生率は0.78人。日本以上に、急速な少子化が進んでいる。
「いまの韓国では、子どもを産み育てることはできない」。
SF小説『となりのヨンヒさん』などで知られる作家であり弁護士でもあるチョン・ソヨンさんは、産まない人生を選択した女性。ソヨンさんに、出産・子育てにまつわる韓国の社会事情を聞いた。
社会が変わらない限り、女性は産みたくても産めない
――韓国統計庁によると、2022年度の合計特殊出生率(一人の女性が生涯に産むとされる子どもの数)が0.78人(※1)を記録。急速な少子化が進んでいる。その背景には女性の社会進出と過酷な競争社会、家父長制的価値観による“女性の生きづらさ”といった問題がある、とソヨンさんはいう。(※1 ただし、国連統計部のデータベースでは0.87人)
現在の韓国では大半の女性が仕事を持っていますが、育児や家事は女性だけが担っているケースが多く、子どもを産んだ女性はキャリアを諦めざるを得ない状況があります。私自身、いつかは子どもを産むんだろうなと無邪気に考えていたのですが、すごく優秀だったロースクールの先輩が出産後、大企業を辞めて最低賃金の仕事をしていることを知り、この国で子どもを産んだら人生がめちゃくちゃになる! と思いました。
ましてや、私や、私より下の三十代以下の世代は、女性も男性と同等に働くべきだという教育を受けて競争を生き抜いてきただけに、キャリアを失うと自分には価値がなくなると考える人が多い。韓国では家事や育児労働の社会的価値が低いので、どれだけ立派に子どもを育て上げたとしても、仕事をしていなければ「無能な人」とされてしまうんです。
さらに女性は出産・育児によって、趣味や友人関係など、三十年近くかけてつくり上げてきた自分と世界の関係が断絶されてしまうことが多い。そんなふうに女性だけが出産・育児のリスクを負う状況が変わらないのなら産みたくない。多くの女性がそう考えた結果が、出生率の低下であり、いま韓国の女性の間で「出産スト」と呼ばれる集会やデモが広がっている理由なんです。
――「出産スト」こそないが、女性が「育児とキャリアの両立」という無理ゲーを押し付けられ、産みたくても産めない葛藤を抱えているのは、日本の場合もまったく同じだ。さらにソヨンさんが問題だと指摘するのは、韓国社会の「母親」に対する厳しい眼差しだ。
韓国社会は「母親」に対して、些細なことでも本当に冷たいんです。私の小さいころはまだ「甲斐甲斐しく家族の世話を焼く母親」といった、美化された旧来的な母親像があったんですが、近年の韓国では、自分と子どものことしか考えない「マムチュン=ママ虫」という母親像がSNSでバッシングの標的にされているんです。たとえば、地下鉄の中で子どもが泣きだすと、その母親は子どもを泣かせる無能な「ママ虫」と嫌悪される。でも、不思議なことに「パパ虫」はいないんですよ。母親だけが育児の責任を負わされ、非難の対象にされているんです。
一人の女性が生涯に産む子どもの数が、「1」未満となった韓国
2023.06.17(土)
Text=Keiko Iguchi
Photographs=Asami Enomoto