ステレオタイプな母親像からの解放
スクリーンでわたしたちが出逢える「母」とは、一体「誰」だろう。
なにがあっても子どもに無償の愛情を注ぐ「母性」に溢れた「母」? どれだけ忙しくても家事も仕事もこなす超人的な「母」? どんなときも家族を最も大切に考えて尽くす「母」? 映画には社会が理想とする「母」のイメージが投影され、一定の年齢を超えた女性の多くはそうした「母」として登場してきた。
「母」とは、自分で産んだ子どもを育てる親だけのことではない。「母」はもしかしたら男性との結婚を望んでいなかったかもしれず、あるいは子どもを持つよりも別の人生を選びたかったかもしれない。「母」は子どもにとっては生まれたときからすでに「母」だが、「母」ではない顔ももちろんある。
ここに挙げた作品のように、スクリーンにもさまざまな「母」たちが息づいていなければならない。(映画執筆家・児玉美月さん)
◆『はちどり』
1994年の韓国で生きる14歳のウニが見つめる世界を描く。ウニは漢文塾の先生と親しい関係を築くが、実際に起きた聖水大橋崩落事故が悲劇をもたらす。家父長制が未だ根強い韓国社会のなかで父は兄に大学進学の圧力をかけ、ウニはそんな兄から暴力を振るわれている。
この映画では父や兄、男性たちは涙を流す一方で、ウニや母といった女性たちは涙を見せない。彼女たちはたやすく弱さを発露させられないのだ。ある日、ウニは外で母を偶然見かけるが、何度呼びかけても母からの返事はない。少女のまなざしは、そうして「母」の姿を繊細に捉えてゆく。
『はちどり』
Blu-ray 6,380円 発売元:アニモプロデュース
販売元:TCエンタテインメント
提供:アニモプロデュース、朝日新聞社
© 2018 EPIPHANY FILMS. All Rights Reserved.
◆『ふたつの部屋、ふたりの暮らし』
アパルトマンの最上階で向かい合う部屋に暮らし、恋人同士として密やかに愛を育んできたニナとマドレーヌ。しかしマドレーヌが脳卒中で倒れてから事態は急変してしまう。ここでは「母」の知られざる側面を受け入れられない家族との軋轢がサスペンスフルに描かれてゆく。
ニナとマドレーヌが最後にふたりきりで踊る、無造作に物が散らばった部屋は、彼女たち「母」を閉じ込める雑然とした世界の縮図にほかならない。本作は、老いた「母」のその後の人生を想像させる。
『ふたつの部屋、ふたりの暮らし』
U-NEXTで配信中
2023.09.16(土)
Text=Mizuki Kodama