さまざまな立場の人たちが、いま、考える「母」とは――。
昨年日本でも発売され、SNSを中心に大きな話題となった『母親になって後悔してる』(オルナ・ドーナト著/新潮社)。この本の翻訳者で作家の鹿田昌美さんが「母って何?」の問いかけにミニエッセイを綴ってくれました。
今回は、CREA夏号の誌面より特別に公開します。
新しい羽を手に入れて
『母親になって後悔してる』という本を訳しました。翻訳しながら「どうかこの子が日本で受け入れてもらえますように……」とハラハラしていました。本を訳す仕事を始めて24年になります。どの本もわが子のようにかわいく、訳し終えて刊行されてからも、ずっと大切に見守っています。私には変えられない「原本」があり、言葉を紡ぎながら「個性」を引き出し、いつか手を離れて「巣立ち」を迎える、という点では、翻訳は子育てに似ているかもしれません。
『母親になって後悔してる』が日本で発売されて1年余りです。タイトルだけを見て「ひどい」と言う人もいましたが、実際は、子どもを愛しているからこそ悩み苦しんでいる母親が、今まで言えなかった本音を告白する、愛情にあふれる本です。誤解が理解へと変わり、波紋が共感の輪へと変化していきました。
「この本に励まされた」「実は私も……」という声が私にもたくさん届きましたし、読書会などのイベントも開催され、以前より声を上げやすくなったように思います。開かずの扉が開いたような。「母」は社会の一部であり、私たちはひとりじゃない。多様な生き方をしているひとりひとりが、みんなつながっている。そう思えると、少し安心感が増しませんか。
母になると、周りからの「見られ方」が圧倒的に変化します。「子どものために存在する、母という役割」を窮屈に感じるかもしれません。だけど、母になることを「重荷」ではなく「新しい羽を手に入れた」と考えることもできます。その羽をつけて、今までよりも軽やかに、遠くまで、見たことのない景色を見に行けばいい。子育てはどうにもならないことの連続ですけど、だからこそ、ふわりひらりと立ち回るスキルが磨かれます。
私の場合は、母になってますます「主体的に生きる」ことを意識するようになりました。どう見られるか、ではなく、自分がどう生きるか。仕事も家事も遊びも子育ても、辛いときも寝込んでいるときも、すべて自分の時間です。そう思うと、精一杯大切に楽しもうと思えます。
●鹿田さんの翻訳した本
『母親になって後悔してる』
イスラエルの社会学者である著者が、23人の母へのインタビューを通じて、社会常識の中で見過ごされてきた女性の切実な思いを明らかに。
オルナ・ドーナト 著 新潮社 2,200円
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「母って何?」
あの人の回答は?
2023.06.12(月)
Text=Masami Shikata
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