この記事の連載

 「卵子凍結は不要不急ではなく必要火急だったんです」……そんな彼女たちが次に立ち向かうのは、理想の精子の入手方法。コロナ禍は女性たちの生殖を巡る価値観を大きく変えていた!

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»【卵子凍結のリアル③】一度もセックスしていない“未完成婚”
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 2020年の出生数は87万2683人、明治32年に統計を取り始めて以来過去最少となった。自治体から母子健康手帳の交付を受ける際の妊娠届の数などから、2021年の出生数は80万人を下回る見込みだ。国立社会保障・人口問題研究所の少子化予測を10年前倒しして一気に子どもが減ることになる。

 令和になって上昇した婚姻数も12.7%減の53万7583組……。これらの数字を見た週刊文春WOMAN編集部のアラサー女子Kがつぶやいた。「まだまだ減りますよ。なにしろ婚活がまったくできないんですから」。

 テレワークやステイホームは、新しい出会いや恋が進展するチャンスを奪っている。だからKの友人たちの間では、にわかに「卵子凍結」が話題だという。この分だと恋愛も結婚もいつになるかわからない。それなら今のうちに卵子を凍結保存しておいたほうがいいのではないかと。

30代半ば以降、妊娠しやすさは急降下

 なぜなら卵子は老化するからだ。女性は自分が胎児のうちから体内に卵子の素となる細胞をつくり終え、その数をどんどん減らしながら生きている。体内に残った卵子の細胞は加齢とともに歳をとり、30代半ば以降はその妊孕性(妊娠しやすさ)が急降下していく。

 卵子凍結については第1回の記事でも、凍結保存に踏み切った女性たちについてレポートした。

 20~30代を両親の看病に費やして婚期を逸した人、離婚後の人生を建て直すために国家試験の受験に専念したい人、夫と一度も性交渉のない未完成婚の妻など、凍結に至る事情はさまざまだが、誰もが真剣に子どもを持つことを望んでいた。

 望みを叶えて15年5月に出産した44歳の女性にもインタビューしているが、これが国内初の社会的適応(後述)凍結卵子を用いた出産であった。ちなみに、この赤ちゃんは4月から小学1年生だ。

 当時、アメリカのフェイスブックやアップルが従業員の卵子凍結に助成金を出すという福利厚生をスタートさせ、日本でも浦安市が地元の大学病院で行う卵子凍結のプロジェクトに補助金を出すなど、卵子凍結に注目が集まっていた。その後、浦安市のプロジェクトは3年で終了し、卵子凍結の実施を取りやめた医療機関もあり、社会の関心は薄れたように見えたが……。凍結する女性が急増したクリニック「コロナで婚活ができない今、その間にも卵子は老化していきますから、将来、妊活するときに備えた“予防的妊活”として卵子凍結をする人はかなり増えていますよ」

 こう話すのは、大阪と東京で不妊治療の専門クリニックを展開する医療法人オーク会(以下オーク)の船曳美也子医師だ。「1回目の緊急事態宣言の際、不妊治療や卵子凍結は病気ではないので不要不急とされ、来院数が減りましたが、日本より状況が悪いニューヨークでステイホーム中に卵子を凍結する女性が増えたというニュースが伝わると、凍結の希望者が増え始めました」

 オークでは2020年は301人が凍結。前年は194人だが、ここには中国からのメディカルツアーの患者15人が含まれる。20年はコロナのためにツアーが自粛されていることから、国内の凍結者が7割も増えたわけだ。

 「ただ、なかには採血のように卵子を簡単に採取できると思って来院される人もいます。採卵にあたっては排卵の周期に合わせた緻密なスケジュールでホルモン剤を服用したり注射を打ったりして準備しなくてはならないし、採卵は膣から長い針を刺して採取するものだということは理解してもらわなければなりません」

 卵子の凍結保存については、放射線治療などによって生殖能力が失われる可能性が大きい小児・若年がん患者に対しては、将来に子どもを持てる可能性を高めるために、予め卵子や精子を凍結保存しておくことができる。これは医療的適応といって、卵子20万円、精子2万5,000円の助成金の支給がまもなく制度化することが決まっている。

「卵子凍結は必要火急です」

 しかし、健康な女性の場合は社会的適応といって、「将来に子どもを持てる可能性を高める」というのはまったく同じはずだが、結婚・出産を先延ばしにするだけだという批判がある。実施している医療機関の数は少なく、健康保険は適用されないので、保管料も含めて1回の採卵につき40万~60万円ほどの費用がすべて自己負担になる。そして何より確実に将来の妊娠が約束されるわけではない(ちなみに、オークでは2015年以降の臨床妊娠率=胎児の心拍を確認できるまで育った割合は31%。26人の赤ちゃんが誕生している)。

 トモコさん(仮名・37)はこれらをすべて承知の上で、今年1月に採卵手術を受けた。「緊急事態宣言が発出される直前で、検査やホルモン注射のために電車で通院することに迷いはありましたが、コロナより卵子が老化することのほうが怖かった。私にとって卵子凍結は不要不急ではなく必要火急だったんです」

 30代前半までは海外勤務が長かったトモコさんは、カナダ人の恋人もいて、公私ともに充実感があった。しかし、34歳のときに日本では兄と妹にそれぞれ子どもが生まれたと知ると、自分の年齢が気になり始めた。「私も早く産まなければと焦り始め、彼に結婚を迫りました。でも彼は、なぜ子どもを作るために結婚しなければならないのか理解できない。ケンカが絶えなくなり、結局フラれてしまいました」

 傷心のうちに帰国し、新しい仕事に就いたが、コロナで自宅待機になってしまった。自宅で欝々としていると、妹が心配して「今できることをやっておいたら? 卵子凍結という手段があるよ」と教えてくれた。「すぐに説明会に参加し、凍結を申し込んで、2週間後にはホルモン剤の投与を始めました。採卵、凍結を終えると、不思議なくらい結婚に対する焦りがなくなってしまったんです。卵子の写真をもらったんですが、自分の卵子なんて見たことないですから感動しました。写真はお守りにして、結婚相手はゆっくり探すことにします」

2023.04.11(火)
文=小峰敦子