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 「キャリアと出産を両立できるようになる」と注目を集めた卵子凍結。実際に凍結した女性、出産に至った女性が語った「現実」とは?

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「未完成婚でも子どもはほしい」

 一人でできる妊活に踏み切るのは独身女性だけではない。千晶さん(仮名、29)は結婚5年目の専業主婦だ。外資系企業に勤める夫(31)は年収2000万円。

 誕生日には花束を忘れない優しい人で、千晶さんは妻として幸せだと思っている。ただし、子どもができないことを除けば。「できなくて当然なんです。私たちはセックスをしたことがないのですから」

 夫がED(インポテンツ)でもゲイでもないことはわかっている。ほかに好きな女性がいる気配もないが、まったく求めてこないのだ。

「恋人時代に婚前セックスをしないのは、なんて真面目な人なんだろうと思っていました。結婚後はさすがに戸惑いましたが、そのうち慣れちゃって。私、このままセックスはなくていいです。セックスレスの夫婦はいくらでもいるんだし」

 ただ、双方の両親が「赤ちゃんはまだか」とうるさい。だから不妊治療に通う振りをして、卵子を凍結保存しておいた。

 「いずれ夫に精子をもらって、体外受精で子どもを産みます」千晶さんのような一度も性交渉のない結婚は「未完成婚」と呼ばれる。前出の船曳医師のもとにも、夫とセックスをしたことがない妻が「子どもができない」と受診に訪れるという。

「夫か妻、あるいは双方に性欲がない夫婦は明らかに増えています。性欲がなくても人工授精や体外受精で子どもを持つことは可能で、実際にそうやって子どもができたカップルは幸せそうですよ。いろいろな夫婦の形があっていいのではないでしょうか」

 もはや生殖にセックスは不要ということか。驚くばかりだが、日本生殖医学会理事の石原理・埼玉医科大学教授(2016年時点)は、早くからそれを指摘していた。

「ピルと生殖医療の登場により“子どもを持つこと”と“性交”が分離したと言えます。欧米においては、結婚や性交は望まないが子どもは持ちたいという女性が珍しくなく、精子バンクを利用する例も多いのです。日本の女性が『性交は望まないが優秀な精子が欲しい』と言い始めるのも時間の問題かもしれません」

 石原教授によれば、そもそも卵子凍結は意外ないきさつから拡まっていったようだ。

「ベトナム戦争当時のアメリカで、若者が出征前に精子を凍結保存したことから、凍結保存の歴史は始まります。次に胚(卵子に精子を受精させてできる)の凍結も始まりましたが、2004年にイタリアが宗教的な観点から『胚は人間の始まりである』として胚の凍結を禁止。そこで、受精した胚が禁止なら未受精の卵子はOKだという理屈をつけてイタリアの医師が卵子の凍結を始めたのです」

 しかし、ヒトの卵子は繊細で、凍結の際に壊れやすい。それを克服したのが生殖工学博士の桑山正成氏(リプロサポートメディカルリサーチセンター所長)の技術だ。

 もともとはこの技術で畜産分野で成果を挙げ、1999年に世界で初めてヒトの卵子凍結保存の実用化に成功したのだが、ここにも偶然のいきさつがあった。

「ART(生殖補助医療)の研究所から誘われたとき、畜産分野から転身する気はなく断りに行ったんです。そこで遭遇したのが、10年も体外受精に挑戦してきた女性が今回も妊娠できずに泣き崩れる場面でした。これはウシを研究している場合ではない。その場で、ヒトのためのART研究に身を投じようと決心しました」

 桑山氏は既に、老化した卵子を若返らせるという技術も開発し、まもなく海外で臨床研究を始める。新しいARTの技術は次々に生まれているのだ。

 1978年、イギリスの生理学者ロバート・ジェフリー・エドワーズ博士らの手によって世界初の体外受精ベビーであるルイーズちゃんが誕生したときは「試験管ベビー」と揶揄され、体外受精をマッドサイエンス扱いする向きもあった。

 もはや体外受精は不妊治療のスタンダードとして定着、何よりルイーズちゃん自身が自然妊娠で出産したことでその安全性が証明されている。そしてエドワーズ博士は2010年ノーベル医学・生理学賞を受賞した。凍結卵子による出産はまだ次世代の検証がなされてはいないわけだが、女性たちはそれを待ってはいられない。

2022.10.11(火)
文=小峰敦子