「大勢の人の助けを受けて産まれた子」
「凍結したところで、その卵子が使われることはない」という専門家の声が多いなか、大阪市のオーク住吉産婦人科では、43歳の女性が3年前に凍結保存しておいた卵子で妊娠に成功。昨春、2534グラムの女児を出産した。
女性は看護師の奈那子さん(仮名)、出産時は44歳になっていた。「どうしても子どもが欲しかった。自分の家族をつくりたかったんです」
奈那子さんにとって「家族」は憧れだ。両親と弟がいるが、温かい関係とは言えなかった。弟は仕事が長続きせずに実家にパラサイトし、両親はそんな弟を黙って受け入れている。
「内心困っているのに誰もそれを言い出さない。そんな家の空気が嫌で、早く自分の温かい家庭をつくろうと思いました」
看護師になってからは、実家と距離を置いた。実は若い頃に一度結婚している。「結婚前に女性がブライダルチェックを受けさせられるという話は聞きますが、私の場合はカレに不妊検査を受けてもらったんです。カレに不妊因子があったら結婚は断るつもりでした」
結局子どもはできないまま、この結婚は5年でピリオドを打った。その後、何度か男性との出会いはあったが、結婚前に不妊検査を求めた途端、相手が退いてしまった。
「それでもいつかは結婚して出産するつもりで、卵子の凍結を始めました。ただ、私は一回に1〜2個しか採取できない。だから手術しては次の手術費用を貯め、また手術してはおカネを貯める。病院は3カ所回り、合わせて十数回は採卵手術をしています」
かかった費用は軽く1000万円を超えているはずだ。40歳で知り合った男性に交際を申し込まれたとき、奈那子さんが言い渡す条件はさらに厳しいものになっていた。
「自然妊娠を待つ余裕はない。私と付き合うなら、すぐに体外受精を始めることになると思ってもらわなければ困る。こう言っても彼は退かなかったんです」
二人は結婚。約束どおり体外受精(顕微授精)に挑戦し、3回目に妊娠に成功したのだ。こうしてようやく誕生した赤ちゃんは「絢」と名づけられた。
「産院の医師や看護師、不妊治療の医師、胚培養士……大勢の人の助けを受けて産まれた子です。間違いなく一人っ子になるけれど、これからもいろいろな人と巡り合い、助け合って美しい模様を織り上げるような生き方をしてほしいから」
願いは早くも叶えられたようだ。実家の両親だけでなく、思いがけないことに弟までが絢ちゃんに夢中になり、実家とは自然に行き来できるようになった。弟は姪に恥ずかしくないよう、働き始めている。
「普通のお宅では当たり前のことでしょうが、私には奇跡です。絢のお蔭で、欲しくてしかたなかった普通の家族が一度に二つも手に入ってしまいました」
絢ちゃんは順調に成長し、ハイハイも上手になってきた。
「デキ婚よりいい母親になれる」
現在、卵子の凍結を必要としているのは、切実な思いで子どもを産む可能性を残そうとしているアラフォー女子なのではないか。
今回取材に応じてくれたアラフォー女子たちが口々に言う。
「二人以上産むのは私たち世代のミッション。そうしないと少子化に歯止めをかけることができないじゃないですか」「デキちゃった結婚でお母さんになった人より、絶対にいいお母さんになる自信があります」
覚悟も準備もできている。ARTがどんなに発達しても、女が自らの胎内で命を育み、出産することに変わりはない。女はカラダを張っているのだ。
男が草食だ、中年童貞だと言っている間にもiPS細胞によってヒトの精子もつくり出されるかもしれない。そのとき、女たちはこう言うのではないだろうか。「もう、男は要りません」
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※週刊文春WOMANより転載
※記事内の情報は週刊文春WOMAN新春スペシャル限定版発売(2016年1月1日)時点のものです。
2022.10.11(火)
文=小峰敦子