そんな作品世界には、なにか差し迫った危機を告げる音がなんどもなんども鳴り響く。あたかも、通報する電話の音が鳴り続けるだけでいっこうに警察にはつながらないのに、街中でパトカーのサイレンが聞こえるかのようだ。阿部の小説を読むなら、コツコツ/トントン/ジリンジリンなどの擬音語が思い浮かぶ場面に要注意だ。『シンセミア』の大きな鼠は、人間たちの「複数の足音」がやかましく響いた直後に猫に喰われた。扉へのノックや警報やアラームなどの「不穏な音響」のなかでも、阿部はとくに「足音」にこだわりがあるように見える。『ピストルズ』では、人の心を操る秘術を受け継ぐ菖蒲家とかかわりをもった書店主が、四種類のアロマオイルの小瓶を渡される。「紙袋よりとりだした小瓶を、机の上にひとつひとつ並べてみると、しんとした室内に、コツン、というちっちゃな足音が四度ひびいた」。足などない小瓶の音すら「足音」と書く阿部にとって、扉をノックする音も「足音」になるらしく、『ブラック・チェンバー・ミュージック』では文字通り足でノックする音が不穏に響く。「突如がんがん鉄扉が蹴られる音が響きだす。四、五回でやんだからあの男にちがいないと察していよいよかと思い、横口健二は生きた心地がしなくなってくる」。

 これらは以前から阿部の作品で反復されてきた特徴だが、他方で『Orga(ni)sm』からはじまったのは「反復」そのもの、文字通りの反復である。『Orga(ni)sm』での語句の反復は尋常ではない。『Orga(ni)sm』とも深く関わる『ミステリアスセッティング』を阿部はケータイ小説として発表したが、まさかそれ以来、小説をiPhoneで書いていて予測変換にたよりっきりなのかと思うくらい、『Orga(ni)sm』での語句の反復は尋常ではない。「電話が鳴って目ざめたが、iPhone 5の着信音ではない」という一文など、一言一句そのままで三回使われ、「電話が鳴って目ざめたが」の部分ならばさらにもう三回使われている。

2023.02.27(月)
文=柳楽 馨(文学研究者)