【編集部注】この解説には、『Orga(ni)sm』その他の阿部和重作品の核心に触れる記述が含まれていますので、ネタバレを避けたい方はご注意ください。
阿部和重『Orga(ni)sm』の文庫化をまずは祝福しよう。これはすこし特別な作品だ。『シンセミア』と『ピストルズ』に続く『Orga(ni)sm』で、阿部はみずからの故郷を舞台にした壮大な「神町サーガ」を終わらせた。そればかりか、『ピストルズ』が完成したころの阿部は、小説を書くのは次で最後でもいいと考えていたそうだ。しかし筆を折るどころか新しい長編『ブラック・チェンバー・ミュージック』を書きあげた阿部は、むしろ『Orga(ni)sm』からはじまる新しい季節のなかにいるようにも思える。
阿部にとって終わりでもはじまりでもある『Orga(ni)sm』は、まるで日曜日のようだ。阿部の小説を読み続けてきていまだにわからないのは、作中の出来事の日付が、どうしてわざわざ曜日まで明記されるのかということだ。『Orga(ni)sm』では、「二〇一四年三月三日月曜日」にアメリカ人ラリー・タイテルバウムが「阿部和重」の家に転がりこむ。実はCIAのスパイだったラリーに押しきられ、三歳の息子・映記とともに故郷の神町に向かった「阿部和重」はテロを防ぐために右往左往する。そして「四月二五日金曜日」には、一生忘れられない体験が「阿部和重」を待っている。重大な出来事が起こる曜日として日曜日にこだわるから、「日曜日の人なんですよ、阿部和重は(笑)」と批評家・蓮實重彦は語ったことがある。これは貴重な指摘だが、といっても、阿部の小説でそこまでわかりやすく日曜日にだけ事件が起こるわけではない。ともかく、一週間は日曜日で終わるようにも、日曜日からはじまるようにも見える。同様に、阿部の終わりとはじまりが、『Orga(ni)sm』では重なりあう。
それだけに『Orga(ni)sm』の文庫化は喜ばしい。優れた小説はけっきょく、誰かに新しく読まれ、すでに読み終えてから再び読まれることだけを求めている。この「解説」に目を通す者が『Orga(ni)sm』をこれから読みはじめるのか、すでに読み終えたのか、どちらにしても、阿部の作品を読み続けることよりも大切なことなどない(以下の記述は『Orga(ni)sm』その他の作品の核心に触れることに注意されたい)。
2023.02.27(月)
文=柳楽 馨(文学研究者)