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懐かしいけれどタダモノじゃない缶みかんと杏仁の組み合わせ

 「埜庵」で提供されるかき氷のメニューは常時20種類ほど。冬から春にかけて次々に旬を迎える国産の柑橘を使ったかき氷も、いちごと同様、寒い時期だからこそのお楽しみです。

 「杏仁みかん」は、季節の柑橘にユズやレモンを加えたさわやかなシロップと、杏仁練乳の組み合わせ。上には、伊豆・西浦で収穫される寿太郎みかんを使用した、缶詰のみかんが花のようにトッピングされています。

 「缶詰のみかんは、大人になるとあまり口にする機会がないもの。久しぶりに食べると懐かしい味がします。味って、おいしい、まずい以外にもいろいろあると思うんです。開業当時のかき氷は完全に子供のもの。だから大人向けというよりも家族一緒に食べに行くというシーンを、新しいジャンルを作りたかった。全ての世代が『懐かしいね』と感じるアイテムが必要だったんです」。

 実だけでなく皮も加えた柑橘シロップはさわやかで香り高く、やさしくマイルドな杏仁練乳とよく合います。

「アイスクリン」や「ミルクセーキ」を思わせる愛らしいかき氷

 旬のいちごと合わせて、パステルカラーの春らしい装いを見せているのは、人気の「たまごとミルクとバニラと」のかき氷です。「このシロップは昔懐かしいアイスクリンのような味を目指しました。先ほどの缶詰のみかんと同じ理由です」と石附さん。穏やかなコクが広がるさらりとしたカスタード味のシロップと、甘酸っぱいいちごのシロップが混じり合い、思わず笑顔がこぼれます。

 石附さんによれば、シロップには糖度、濃度、粘度、温度の4つの要素があり、それを季節や削り方に応じて変えるといいます。

「本来ならば暑い季節はさらりと染み込むように、寒い季節は上でとどまって味を強く残すようにします。最近は季節関係なくハッキリした味が好まれます。暑い季節はすぐ溶けるのでいわばドリンク。溶けても最後までおいしい“いちごミルク”のように作ります。でも寒い季節は最後まで溶けずにかき氷として楽しめるので、いわばスイーツ。『大きくて無理と思ったけれど、最後までおいしく食べられた』と言っていただけるよう意識して作ります」

 ただし、スイーツに近い感覚といえど「やりすぎない」のが石附さんの信念。

「かき氷と呼ぶ限り、素材の頂点はあくまでも氷。シロップやトッピングに偏っての美味しいではダメというのが私の想い。そのために一番大事なのはバランスです。氷を食べるというのは即ち水を食べること。世界中で水道の水を安心して飲める国は実はそんな多くありません。日本だからこその食べ物であり、日本の食文化なんです。水を大事にする日本料理と精神的な源は一緒だと、僕は考えています」

かき氷が日本文化だと思い至らせてくれる、“白”の世界

 それゆえ日々心を砕いているのは、水をおいしく食べてもらうための氷の扱いや削り方。心地よいのど越しを生み出すシロップのかけ方。余計なことは極力しない。氷を削ってシロップをかける。その二つの行為の中でどれだけおいしいものが作れるか。そうした"埜庵らしさ”が表れたひと品」と石附さんが評するのが、酒粕と練乳を合わせた白酒と米麹の甘酒を組み合わせた「米米」です。

 その佇まいは、潔いほどシンプルで真っ白。隠すところはどこにもなく、作り手のセンスと技量がそのままストレートに形となります。酒粕は山梨の酒蔵「七賢」のもの。品よくやわらかな米の甘みに、キリリとした生姜シロップの風味。冷たいものを食べているのになぜか体だけでなく心もホッコリと温かくなるのが不思議です。

アツアツの味噌煮込みうどんも食べ逃しなく!

 寒い季節の埜庵のもうひとつのお楽しみは、土鍋で提供されるアツアツの「味噌煮込みうどん」。八丁味噌、仙台味噌、京都の白味噌がブレンドされていて、鶏団子や車麩、野菜などで具だくさん。まろやかな味わいに心も体も温まります。かき氷を食べてから冷えた体を温めるもよし、先にうどんで体を温めてからかき氷に挑むもよし。かき氷を邪魔しない味の塩梅が、リピーターの心をがっしりとつかんでいるようです。

 「かき氷は削った瞬間からすぐにカタチを変えてしまいます。最後は溶けてなくなる儚い食べ物。だから写真に残す“映え”よりも、もっと食べる人の心に突き刺さる物を作らなきゃダメだと思っています」と語るのは、店長であり長女の千尋さん。大学生のバイト時代から通算してもう10年、本人の言葉を借りると「氷と格闘」しています。石附さんが言うには「削りの技量は僕よりもう数段上」だそう。

 そんな千尋さんは寒い季節のかき氷について、「夏と違って決して冷たい物を食べに来ているわけではないので、私達も温かい気持ちを乗せて削ります」と語ります。

 同時に石附さんも、「冷たい物の商いは温かい気持ちがないと続けられない」と同じ思いを口に。この季節の埜庵のかき氷を食べると何となく気持ちが温かくなる、それこそがわざわざ寒い季節にかき氷を食べにいく一番の理由なのかもしれません。

かき氷の店 埜庵

所在地 神奈川県藤沢市鵠沼海岸3-5-11
電話番号 0466-33-2500
営業時間 11:00~16:00 L.O. ※氷がなくなり次第終了
定休日 インスタグラム(@kohori_noan)で確認
http://kohori-noan.com/

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2023.02.28(火)
文=瀬戸理恵子
撮影=釜谷洋史