この記事の連載
- 「今」こそおいしい、かき氷の名店へ #01
- 「今」こそおいしい、かき氷の名店へ #02
- 「今」こそおいしい、かき氷の名店へ #03
「かき氷は、暑い夏に食べるからおいしいんでしょ」
そんな声も聞こえてきそうですが、真のかき氷ツウがこぞって目指すのは、実は、寒い季節のかき氷。
味わいといい、楽しみ方といい、暑い季節では決して体験することのできない、この季節ならではの魅力がギュギュッと詰まっています。
今では一年中かき氷を提供する専門店も増え、個性豊かな味わいをいつでも味わえるようになりました。
厳しい寒さが和らぎ、春の足音が聞こえてきたこの季節にこそ、ぜひ、かき氷店へ! 新たなおいしさとの驚きの出合いが待ち受けているはずです。
かき氷の真のおいしさを広めた「埜庵」
かき氷がブームを巻き起こす以前から、一年中楽しむかき氷の魅力を伝え、そのスタイルを確立してきた専門店といえば、2003年に神奈川県・鎌倉市で創業し、現在は藤沢市の鵠沼海岸駅近くにお店を構える「かき氷の店 埜庵」(以下、埜庵)です。
主役となる氷は、日光にある「三ツ星氷室」の天然氷。旬の果物で作るシロップや、自家製の練乳と合わせた味わいは、はっとするほどピュアでみずみずしく、違和感を覚えることなく体にすうっと沁み渡っていきます。
まさに旬、そして地元の新鮮ないちごを味わい尽くすシグネチャー「Wいちご」
「Wいちご」は、寒い季節の埜庵を代表するひと品。神奈川県・平塚近辺で栽培される湘南いちごを使い、提供する当日に加熱することなく仕上げられたシロップは、いちごのフレッシュ感そのままで、甘酸っぱさと果実味が弾けるように広がります。
このシロップをていねいにしみ込ませた氷の中に、透明ないちごのゼリー寄せをつるりんと。なめらかで弾力のあるゼリーの口当たりと、閉じ込められたフレッシュないちごの食感、そして氷との温度差が味わいに変化を与え、飽きのこないおいしさを演出しています。
「僕がかき氷の店を開くことになったのは、天然氷との出合いがあったから。天然氷というのは、豊かな自然環境に育まれた良質な水と自然の寒さでじっくり育てた氷。いわばその土地の自然そのもの。この氷にとって一番ふさわしい形は、と考えたら出来合いのシロップをかけるのは違うな、と思ったのが今のスタイルに至ったきっかけです。」と、店主の石附(いしづき)浩太郎さん。氷は、口に入れた時にスッと溶けて無くなるような喉越しに仕上げるのが特徴です。
「Wいちご」には寒い時期にかき氷を食べる理由がある
上質な天然氷と質の高い素材を使ったシロップで、従来のかき氷のスタンダードを大きく塗り替えた埜庵でしたが、開店当時はまだ、「かき氷は夏のもの。冬に食べるなんて変わり者」とみられていた時代。
「おいしいかき氷を作っても当時は冬にかき氷を食べる人がいなかった。先ずはかき氷を食べる人を増やすこと、その為にはその人を“おかしな人"にしない、万人が納得する理由から作ってあげる必要がありました。
そのために考えたのが、この『Wいちご』。「『一番おいしい苺のかき氷を食べるなら旬の今しかないじゃん』ということです。夏と違って冷たいものを欲しい訳ではないから、最後まで食べて『おいしかった』とならないと次はない。中にゼリー寄せを入れて温度差を作る。わざと食感の違いを出す。このかき氷がなかったらきっと埜庵は潰れていたと思います」と話す、石附さん。「でも一番の幸運は、そういうかき氷を生み出したからとかではなく、そういう思いを拾ってくれるお客さんがそこにいたこと。スペックの話じゃないんです」と、振り返ります。
2023.02.28(火)
文=瀬戸理恵子
撮影=釜谷洋史