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 「かき氷は、暑い夏に食べるからおいしいんでしょ」

 そんな声も聞こえてきそうですが、真のかき氷ツウがこぞって目指すのは、実は、寒い季節のかき氷。

 味わいといい、楽しみ方といい、暑い季節では決して体験することのできない、この季節ならではの魅力がギュギュッと詰まっています。

 寒さが和らぎ、春の足音が聞こえてきたこの季節にこそ、ぜひ、かき氷店へ! 新たなおいしさとの驚きの出合いが待ち受けているはずです。

 今回は、下町情緒漂う東京・谷中に店を構える、かき氷専門店「ひみつ堂」へ。夏場は整理券が配布され、行列必至の大人気店ですが、まだ寒い季節は平日であれば比較的行列が少なく、スムーズにかき氷を味わえるのもうれしいところ。


いちごのかき氷の真髄を感じる“氷いちごの女王”

 かき氷好きなら「ひみつ堂」と聞いて、真っ先に思い浮かべるのは、味も見た目も鮮やかないちごのかき氷でしょう。

 いちご蜜とミルク蜜を合いがけにした「ひみつのいちごみるく」も大人気ですが、旬の完熟いちごのみずみずしいおいしさを堪能するならば、「ひみつのいちごコオリの女王」の異名を持つ「苺三昧」を。

 果実感あふれる真っ赤ないちご蜜が流れ落ちるほどにかけられたかき氷の上に、ふんわりした練乳クリームとフレッシュないちごをのせたぜいたく極まりない姿に、思わず歓声が上がること間違いなしです。

 口に入れれば、軽やかに削られた氷がすっと溶け、とろりと絡んだいちご蜜のピュアで力強い果実味と甘酸っぱさが押し寄せて、まるでいちごの海にダイブしたかのよう。練乳クリームがコクをプラスするとともに氷の冷たさを和らげ、食べ進めると中から現れるミルクの蜜がやさしさを漂わせます。そして、器の底には再び、いちご蜜がたっぷりと。どこまでも広がるいちごの豊かな香りとみずみずしさに、心を奪われずにはいられません。

 「ひみつ堂では、旬の素材を旬の季節に召し上がっていただくことを大切にしています。使用する果物は基本的に国産で、水などで薄めることなく、少しだけお砂糖を足して自家製の氷蜜(ひみつ)に仕上げます。

 12月~翌5月頃が旬のいちごを一番おいしく食べられるのは、まだ寒いこの季節。静岡県と秋田県の契約農家から届けられる採れたての完熟いちごだけを使っているので、いちごそのものを食べているようなフレッシュなおいしさを楽しんでいただけると思います」と話すのは、店頭の大坂早希さん。

 そんな季節の味を惜しげもなく、あふれて流れ落ちるほどにたっぷり蜜をかけるのは、「たくさん召し上がっていただきたいという気持ちから。果物をそのまま食べるよりもさらにおいしいと感じていただけるよう、素材選びにもこだわり、すべての蜜を手作りしています」。

 そして、注目したいのが、昔ながらの手動式氷削機で削られる氷です。

 使われているのは、日光・三ツ星氷室の天然氷。「ひみつ堂」では開店当初からこの氷を使用しており、店主の森西浩二さんは毎年、日光へ採氷作業の手伝いに足を運んでいるそうです。自然の力で時間をかけてゆっくり凍らせた、その貴重な天然氷を冷凍庫から出し、少し室温に置いて温度を上げて透明感が出てきたところで、氷削機へ。店内に流れるBGMに合わせるかのように、体でリズムを取りながらハンドルを回し、ふわふわの氷が削られていきます。

 「削り具合にバラつきが出すぎないよう、できるだけ一定のスピードで削るようにしています。夏は溶けやすいので若干重めに、蜜と相まってしっとりした氷になるよう削りますが、寒い季節は軽やかに。本物の雪が舞っているイメージで、とにかくふわふわに削ります。口の中でシュッと溶けて、すーっと体にしみこんでいくのが理想です」と、大坂さん。

 手軽な電動式ではなく、あえて技術も労力も必要な手動式で削る理由をたずねると、「とんかつ屋さんの千切りキャベツと同じです」との答えが。「電動式だと、削り方が一定なのでかき氷が均質に仕上がります。でも、手動式だとそのときの回し方や、微妙にスピードが落ちたり早くなったりする具合によって、質感にばらつきが生まれます。機械で切るよりも職人さんが手切りした千切りキャベツのほうが、多少のばらつきがあっておいしいのと同じように、かき氷もおいしく感じられるんです」。

2023.03.04(土)
文=瀬戸理恵子
撮影=鈴木七絵