編集部が注目している書き手による単発エッセイ連載「DIARIES」の第3弾。今回は『愛がなんだ』『街の上で』『窓辺にて』など、うまくいかない恋愛を軸に展開する作品が熱烈な支持を集める、映画監督の今泉力哉さんです。

 ほしいものがない人はたくさんいるはずなのに、ほしいものがないといけないみたいな空気がある。結婚もそう。恋人もそう。そもそも好きな人もそうだ。物欲も。食欲も。性欲もそうだ。あきらめとか妥協とかじゃなくて。特に何もいらない人たちがいる。その人たちがほしいものと言えば、ほしいものがないと言っても、そうなんだ、と言ってもらえる空間かもしれない。その空間、には場所や人を含む。でも空っぽでもよい。

人生には目的が必要だとか。
一生懸命生きるべきだとか。
うまくいかないとしても精一杯がんばろうとか。
やらずに後悔するよりもやって後悔しようとか。
正直まやかしだと思う。それはひとつの正解なだけで、たったひとつの正解ではない。

 私は映画をつくっている。シナリオの書き方の基本として、主人公の目的、ほしいものを設定して、それを手に入れるためにどんな行動をとるのか、どんな障壁があるのか、その乗り越え方は、乗り越えた先にはさらに高い壁があって、みたいなものがある。私はその基本に抗いたいと思っている。そういうものを疑いたい。山や壁をできるだけ低く設定して物語を紡げないかと思っている。そもそも物語には山がないといけないとか、悩みがないといけないとか、ほしいものがないといけない、っていう発想をやめたい。それで面白いお話が紡げないだろうかと日々考えている。

 ほしいものがない。それは満たされているとかそういうことではなくて、まあそういうことでもいいのだが、なんだろ、ただただ誰の目も気にせず、生きているだけの時間がこんなにも愛おしいのに、ってことを映画で描いていきたい。

 例えば、それは12時OPENの飲食店。開店1時間前の11時からお洒落な木の扉を開け放ち、少し錆びたステンレスの縁の窓もすべて開けて、掃除をしている店員さんがいる。窓や扉の隙間からその様子が見える。アルバイトだろうか。社員だろうか。もしくは店長自らかもしれない。いずれにしてもせっせと開店準備をする姿。その人は、その時間を当たり前のように毎日過ごしている。誰からの視線も感じずに。たまにお尻を掻いたり、鼻歌を歌ったりしながら。接客中の会話、料理をつくる過程での料理人同士のやりとり、レジ作業。そういう人と人、誰かを意識して過ごす時間ではなくて、でもごく自然に行なっている日々の行動。作業。所作。そういう時間を映画の中で描きたい。

 誰も見ていない時間。神様だけがみつめているような静かな。でもそれは確実にあって、自分だけは知っている。そんな。そういう時間を映画で描く意味、意義っていうことについて最近よく考えていて、まだまだ思考のさなかだけど、それを以下に言語化してみる。

 映画の中にそういう時間が存在する。それを観客(私を含む)がみつめることで、その時間が、行動が、肯定される。場合によっては善行になる。それは翻って、観客が日々過ごしている他愛ない時間をもしかしたら誰かがみつめているのではないか、その時間に感謝している人がいるのではないか、という思考となり、つまりは一人ひとりの日々の何でもない瞬間、そこらへんに転がっている時間が愛おしくなっていくのではないか。日々の行いを変える必要もなく、すでにそれぞれが過ごしている時間が愛おしい時間へと変わる。よくわかっていないのだけど、そういう力が映画にはある気がしている。そんなことをぼんやりと考えている。

 ほしいものがないという話のはずだったのに、なんだか欲深い自分の思考の話になってしまった。欲している。面白い映画をつくりたい。新しい映画をつくりたい。とこんなにも欲してしまっている。恥ずかしい限りである。そしてこの文章や思考にも多くの驕りがある気がする。誰かのために存在しなくていいと思うのだ。映画も人も。

 花屋で花を買って部屋に飾るのも美しいけど、その道中の道端に生えた名も知らぬ植物の葉っぱにある虫に喰われた跡に想いを馳せるような。そんな。そんな。そういう時間を大切にしたい。その虫はもうどこかでとうに死んでいるかもしれないな、なんて思いながら。

今泉力哉(いまいずみ・りきや)

映画監督。1981年、福島県生まれ。2010年『たまの映画』で商業監督デビュー。主な作品に『愛がなんだ』(19)、『あの頃。』(21)、『街の上で』(21)など。うまくいかない恋愛を軸にオフビートな映画をつくり続けている。『窓辺にて』(22)が現在公開中。最新作は有村架純主演のNetflix映画『ちひろさん』(23年2月23日公開&配信)。
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Column

DIARIES

編集部が注目している書き手による単発エッセイ連載です。

(タイトルイラスト=STOMACHACHE.)

2022.12.23(金)
文=今泉力哉