私がプリファブ・スプラウトから受け取ったもののなかには「ロック(またはポップ)ってこんなにセンチメンタルでいいんだ」というものがある。「センチメンタルに自覚的であろうとする姿勢がなかった」と反省したのだが、スカートの近年のどの曲を見てみてもおセンチだったので一度は安心もした。その反面、自分にとってはその「センチメンタル」というのが「特別気にかけなくても、どうやったって備わってしまうもの」になっていたことに今さら気がついた。私はカーネーションの「PARADISE EXPRESS」に出てくる“おれの基準は切なさ”という詞を座右の銘のように思っていたというのに! 基準ではあるけれども、センチメンタルの自家中毒に陥ってしまい、自覚することができなくなっていたようだ。
新しい曲が書けるようになってきたこのタイミングで忘れかけていた疑問を蹴り上げ、ようやく過去の自分に向き合うことにした。早い話が10年以上前の私が胸を痛めて読んでいた漫画を読み返して、今の私が胸を痛めることができるか、ということだ。なんてったって、プリファブ・スプラウトを聴いてもなーんにもわからなかった少年なのだから。
私が今のように漫画を読むようになったのは高校1年生の頃、書店でたまたま見つけた『神戸在住』(木村紺)という漫画の佇まいに惹かれてからのこと。表紙やタイトルで漫画を買う、ということを覚え、急速に漫画の沼へと堕ちていったのがきっかけだった。音楽と漫画の親和性は高く(漫画の立場から音楽を見れば)、RCサクセションの曲名を引用した『イエスタデイをうたって』(冬目景)や、(音楽の立場から漫画を見ると)はっぴいえんどのジャケットを林静一さんが描いたりしていたことなどもあり、ワクワクしながら漫画を掘り出した。新しく出て気になったら小遣いと相談しながら買ったし、『神戸在住』が掲載されていた「アフタヌーン」の定期購読も始めた。音楽は古いものへと関心が移っていた私だったからか、次々に未知の新しい作品が出版され続けるのも楽しく、新しい居場所を見つけたような気分になっていたはずだ。
鬼頭莫宏さんの『ヴァンデミエールの翼』、とよ田みのるさんの『ラブロマ』、小原愼司さんの『ぼくはおとうと』と言ったもう10年は読み返していなかった漫画や、定期的に読み返している心の殿堂入り作品でもある木村紺さんの『神戸在住』や市川春子さんの『虫と歌』などを『SONGS』の作詞の供として選んだ。それらの漫画には共通点がある。講談社が発行している雑誌「アフタヌーン」に連載されていたもの、ということだ。目の前で繰り広げられる物語は今読んでも驚きがあり、そして原点でもあった、と確認することができた。結果として「日下兄弟」(『虫と歌』に収録の短編)のさみしさや、『ヴァンデミエールの翼』の無常さが『SONGS』の「粗悪な月あかり」に落ちていった。プリファブ・スプラウトを聴いても何も感じることができなかったあの頃の自分には何も問題はなかったということなのだろう。めぐり合わせだったり、タイミングだったり、波長が合う・合わないというのは、ある。
「アフタヌーン」は豊田徹也さんの『アンダーカレント』が連載されていた雑誌でもある。「アンダーカレントを訪ねて」という連載タイトルを決めたときは『CALL』に収録されている自分の曲から取ったつもりだった。「アンダーカレント」はもちろん「アンダーカレント」ではあるのだけれど、それ以上に道満晴明さんの漫画などにインスパイアされた覚えがある。この連載の初回が、自分のある意味での原点から現在を見上げるような形になったのは嬉しい誤算だった。物事は成り行きだわね。
澤部 渡(さわべ・わたる)
2006年にスカート名義での音楽活動を始め、10年に自主制作による1stアルバム『エス・オー・エス』をリリースして活動を本格化。16年にカクバリズムからアルバム『CALL』をリリースし話題に。17年にはメジャー1stアルバム『20/20』をポニーキャニオンから発表した。スカート名義での活動のほか、川本真琴、スピッツ、yes, mama ok?、ムーンライダーズのライブやレコーディングにも参加。また、藤井隆、Kaede(Negicco)、三浦透子、adieu(上白石萌歌)らへの楽曲提供や劇伴制作にも携わっている。2022年11月30日に新しいアルバム『SONGS』をリリースした。
https://skirtskirtskirt.com/
Column
スカート澤部渡のカルチャーエッセイ アンダーカレントを訪ねて
シンガーソングライターであり、数々の楽曲提供やアニメ、映画などの劇伴にも携わっているポップバンド、スカートを主宰している澤部渡さん。ディープな音楽ファンであり、漫画、お笑いなど、さまざまなカルチャーを大きな愛で深掘りしている澤部さんのカルチャーエッセイが今回からスタートします。連載第1回は新譜『SONGS』にまつわる、現在と過去を行き来して「僕のセンチメンタル」を探すお話です。
2022.12.15(木)
文=澤部渡
イラスト=トマトスープ