オスカルは理想の人間像

三浦 カッコよさもさることながら、私が何より惹かれたのはオスカルの深い優しさでした。彼女は、自分と身分の違う人たちの苦しみにいち早く気づいて、この人たちと一緒に何かをしなきゃいけないと行動に移す。優しさと強さと想像力に溢れている彼女の生き方は、私にとっての、というか時代や国境を越え、すべての人間にとっての星ではないかと。創作物の中の女性が、「理想の女性像」として描かれることはよくあります。でも女性の登場人物を通して、「理想の人間像」を提示する作品は少ない。けれど『ベルばら』を始め、少女マンガの優れた作品が、非常に早いうちからそこを追求してきたんですよね。オスカルは、読者の性別に関係なく、人間はいかに生きるべきかというお手本であり、自分もこうありたいと仰ぎ見ながらここまできたのだなと、読み返すたびに感じます。

池田 ありがとうございます。

三浦 と同時に、もうひとりの主人公、マリー・アントワネットの生まれ持った王女気質もとても魅力的です。マリーは、嫌悪していたルイ15世の愛人デュ・バリー伯爵夫人に声をかけなくてはいけなくなった場面で〈きょうは、ベルサイユはたいへんな人ですこと〉と言いますよね。これは実際にマリーがそういうふうに声をかけたと記録が残ってるんですか。

池田 そうなんです。ディテールも史実を踏まえて描いています。

三浦 友だちとライブとかに出かけて人混みを見ると、ほとんど反射的に誰かがあのセリフを言うんです(笑)。このくらいファンの日常に染み込んでいる名言です。

池田 以前、オランド前大統領が来日したとき、私もレセプションに呼ばれたのですが、大統領に随行してきたフランス人外交官が私に寄ってきて、「僕はあなたの作品を読んで、フランス革命を勉強しました。あれを読んでいなかったら、マリーのことはもっと違う目で見ていたと思います」と言ってましたね。

三浦 すごいな、『ベルばら』! 当初、思慮が浅くて無邪気な少女だったマリーは、次第に国家のことを考え始め、最期は聖母のようでした。こうした変化はツヴァイクの伝記の中にあるんですか。それとも池田先生の創作ですか。

池田 確かに、伝記の中に彼女が人間的な成長を遂げるさまは描かれていて、そこに私も感動したのですが、彼女の運命が革命という歴史の転換期に投げ込まれたとき、「自分の名は未来永劫歴史に残るのだ」と強く意識したのではないか。それは本には書いていなかったことですが、マリーはその名前に恥じない死に方をしようと決意したのではないかと思いました。

自分に合う相手選びの参考に

三浦 作中の印象的なエピソードのひとつに、オスカルがロザリーに助けられたとき、食事が薄いスープだけでショックを受ける場面があります。

池田 王室の何が問題なのかをオスカルには知らせなければいけないと思い、民衆の生活を見る場面をつくりました。もっとも、マリーの浪費で財政が悪化したと思われていますが、実はルイ14世のころには過剰な宮殿の建築や戦争で経済的に傾いていたのです。

三浦 オスカルは、自分も貴族で、民衆の苦しみなど何も知らなかったんだと恥じ入ります。自分とまったく違う世界に触れたときに瞬時に状況を理解し共感を抱けるのは、おそらく小さい頃からアンドレという貴族ではない人間がそばにいたのも大きくて、その経験が架け橋になっているのだと思います。物語の中盤以降、アンドレが存在感を発揮するのは、当初から想定してらしたのですか。

池田 いえ、アンドレが最終的にオスカルと結ばれるというのも、最初は考えていなかったんです。でも、あの当時の女性の理想的パートナーとして、どんどん人気が出てきました。『ベルばら』は少女向けに描いていたわけですが、大人の女性からのお手紙だと「私もアンドレがほしい」というのがとても多いですよ。

三浦 アンドレはどこかで恋を諦めるだろうと思っていたのですが、身を引くどころか、オスカルの隣に居続ける根性がすごい(笑)。優しさに惹かれたり、頼りない気がしたり、アンドレに対する私の気持ちもあれこれ変遷しましたが、大人になるほどに彼みたいな人が一番いいと思うようになりました。

池田 アンドレは身分も教養も武術もオスカルが格上だと分かっていて、それでもひたすら彼女を守りたいという一心でそばにいます。私も女性の方が実力が上でも全然ありじゃないかと思います。

アンドレは、働く現代女性にとっていちばん求められる男性像かも​─池田

三浦 ルイ16世も素敵ですよね。

池田 結婚相手に誰がいいかと聞かれたら、私も彼だと答えています。結婚した当初は富も地位もあって優しくて宮廷で公妾を持たなかった大変めずらしい国王です。

三浦 ただ、趣味が錠前作りなのが気になっていて……。

池田 そこは少し誤解されている部分ですね。ブルボン家の男性は手に職をつけるというか、「趣味」を持たなくてはいけないのがいわば家訓なんです。ブルボン家のプリンスは、何かしら手仕事を義務として持っているはずです。

三浦 そうなんですか! 知りませんでした。彼の錠前作り、つまり鍛冶職人の能が家訓に則ったものだとは! 自分の趣味にコツコツ打ち込む人は、適度にこっちのこともほっといてくれそうです。そこも魅力的ですね。

池田 口下手で社交もダンスもダメですが、絶対に浮気しない。それは結婚相手として重要ですよ。

三浦 恋愛観や結婚観を考える意味でも『ベルばら』は先進的で、むしろまだまだ時代が追いつけていない部分があります。私も、アンドレの頼りなさにイライラせずに、仲良くできる自分に成長したいです。今日は本当にありがとうございました。

池田理代子(いけだりよこ)さん

東京教育大学(現・筑波大学)在学中の1967年にマンガ家デビュー。’72年から「週刊マーガレット」に『ベルばら』を連載。他の代表作に『オルフェウスの窓』など。声楽家、歌人としての顔も持つ。


三浦しをん(みうらしをん)さん

2000年、長編小説『格闘する者に○(まる)』でデビュー。2006年『まほろ駅前多田便利軒』で直木賞受賞。著書、受賞歴多数。少女マンガやBLマンガなどを愛好し、マンガ愛をたびたびエッセイでも開陳。

誕生50周年記念 ベルサイユのばら展
ーベルばらは永遠にー

連載当時の原画とエピソード編の原画約180点を公開。オスカルが生涯に一度だけ着た舞踏会のドレスも展示される。コミック版のみならず、宝塚版やTVアニメ版の魅力にも迫る。ベルサイユ宮殿をイメージした、華麗な会場エントランスにも注目。

会期 2022年9月17日(土)~11月20日(日)
開館時間 10:00〜22:00(最終入館 21:00)
料金 2,200円
会場 東京シティビュー(六本木ヒルズ森タワー52F)
電話番号 03-6406-6652
https://tcv.roppongihills.com/jp/exhibitions/verbaraten/

2022.09.07(水)
Text=Asako Miura

CREA 2022年秋号
※この記事のデータは雑誌発売時のものであり、現在では異なる場合があります。

この記事の掲載号

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