「八月納涼歌舞伎」で上演される、手塚治虫の漫画を原作とした新作歌舞伎『新選組』の主役に抜擢された中村歌之助さん。

 3歳のときに初代中村宜生を名乗って初舞台に立ち、2016年10月、11月には歌舞伎座で2か月にわたり、父の八代目中村芝翫さん、長兄の四代目中村橋之助さん、次兄の三代目中村福之助さんとともに、中村歌之助の名跡を四代目として襲名した。

 現在20歳の歌舞伎界のホープが、このチャンスをどのようにして掴んだのだろうか? まずはコロナ禍で公演形態が変化し、活躍の場が減っている近年の歩みについて伺った。

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歌舞伎界の大先輩、坂東玉三郎さんの教え

 「僕は2020年3月に高校を卒業して、これから本格的に歌舞伎の世界に乗り出していくという時期にコロナ禍になってしまいました。出演する予定だった巡業公演やスーパー歌舞伎Ⅱ『ヤマトタケル』が中止になってしまい、歌舞伎の公演自体が再開するかどうかもわからない不安な日々。僕たち三兄弟はこれからどうしたらいいのか、どの道に進むべきなのか、進路を見失ってしまって、とても苦しんでいました。

 そんな僕たちにとって坂東玉三郎のおじ様の存在はすごく大きかったんです。歌舞伎が再開するまでの間、発声に始まり、動きなどの歌舞伎の基礎となることを手取り足取り教えていただく機会がありました。おじ様は“今はまだわからないかもしれないけれど、経験を積んでいくうちに今やっていることが無駄じゃなかったと思える日がくるよ”とおっしゃってくださいました。

 それまでの僕は、舞台に出ると怖くて緊張することもありましたが、舞台に立つための準備を教えていただいたので、落ち着いてできるようになってきたんです。おじ様の教えのおかげで、最近になって先輩方から“前よりも良くなったよ”というお言葉をいただく機会が増えたので、この2、3年の月日を無駄に過ごさなくてよかったと思っています」

“花形役者”としての目覚め

 2021年3月には京都南座で「三月花形歌舞伎」と題した公演に出演し、客席から拍手喝采を浴びた。公演名にある“花形”とは人気のある役者のこと。“花形役者”の一人として舞台に立ったことで、新たな境地へと導かれていく。

 「僕たち兄弟にとって“花形”といえば、勘九郎の兄や七之助の兄など、少し年齢が上の先輩方が担っていらっしゃるという認識だったので、僕らがその役割を果たすのは、まだまだ先のことだと思っていました。ですから、このタイミングで花形公演に参加させていただけたのは、とても嬉しいことでした。僕がまだ幼かった頃に(十八世中村)勘三郎のおじから“早く戦力になってくれよ”と言われたことがあったのですが、その言葉が現実味を帯びてきたので、本腰を入れて演らなければならないと思いました。

 まずはお客さまが僕たちを花形として見てくださることが第一ですから、初日の幕が開く前はすごく心配でした。舞台が始まると連日ほぼ満員のお客さまが劇場に来てくださって、お客さまのエネルギーをもらいつつ、僕たちもエネルギーをお届けするという熱い公演になりました。

 ほんのわずかな期間の出来事でしたが、ご一緒した皆さんが”来年もやろうね!”ということを口にしていて、同世代で演るからこそ見える絆、団結力で一つの舞台を作ろうという思いがあった公演でした。今はひと月に学べる役の数が以前よりは少ないので、一つのものにエネルギーを注ぐことが大事な時期だと思っています」

2022.08.06(土)
文=山下シオン
撮影=深野未季