従兄弟、中村勘九郎さんから託された思い
花形役者としての経験を積んだ歌之助さんを待っていた次なるステップは、歌舞伎座の公演での“主役”だった。今回歌之助さんが出演するのは「八月納涼歌舞伎」第一部の序幕の新作歌舞伎『新選組』。手塚治虫の漫画「新選組」を歌之助に勧めたのは、歌之助さんの従兄弟にあたる中村勘九郎さんだった。
「2019年12月5日に勘三郎のおじの法事があったときに勘九郎の兄と食事をともにする機会があって、そのときに“こういう漫画があるんだけど、知ってる?”と聞かれたのが、手塚治虫先生の描かれた『新選組』との出会いでした。勘九郎の兄は“僕はこれをずっと歌舞伎で演りたかったんだけど、そう思っているうちに歳を重ねたから、今は僕がこの主人公を演じる年齢ではなくなってしまったんだよ。だからこれは、今の宜生(歌之助さんの本名)に相応しいと思うんだよ”って、言ってくれたんです。
話の流れからすると、兄の橋之助と福之助が演じると思っていたので僕の名前が挙がったのは意外でしたが、すごく嬉しかったですし、いつかできたらいいなと思っていました。当時はまだまだ先のことだと思っていたら、今年の納涼歌舞伎で実現することになりました。
勘三郎のおじと三津五郎のおじ様、そして父(中村芝翫)がそれまで休演月だった8月に上演することで“12か月歌舞伎を演ろう!”といって始まったのが納涼歌舞伎です。その序幕を務めさせていただくのはとても光栄ですね。
実際に原作の漫画を読んでみると、僕が演じる深草丘十郎は少し内気な性格だけど、仇討ちがしたいなど、内に秘めた強い思いがある人物。一方で兄の福之助が演じる鎌切大作は楽観的で、フレンドリーな明るい人物でした。僕自身は口数が少ないほうですが、歌舞伎がすごく大好きで続けていきたいという思いがあります。兄の福之助もすごく楽しげな人でありつつ、真面目な面もあります。勘九郎の兄が僕らを見てくれていて、それで提案してくれたのだと実感しました」
幼少時に目の当たりにした「新作歌舞伎の誕生」
自分に合った役と出会った歌之助さんに与えられたのは「新作歌舞伎」という課題。ゼロから作品を創り上げていく作業に臨む心境についても伺った。
「これまでに新作に携わる経験は何度かありましたが、初めての新作歌舞伎は野田秀樹さんが演出した『野田版鼠小僧』でした。2009年の“歌舞伎座さよなら公演”のときなので、再演ではありましたが、当時の僕はまだ8歳。何もわかりませんでした。
稽古の初日、いろんな場面の稽古が進んでいくなかで、僕が勘三郎のおじが演じる鼠小僧を蹴るという場面がありました。僕からすると、芝居とはいえ、“憧れているおじを、蹴るなんてできないよ”という思いで軽く蹴っていたら、勘三郎のおじから“本気で蹴ってくれよ!”と叱られました。その時に初めて、子どもながらにお芝居というものがどういうものなのかを知ることができたのです。新作を創る意味や歌舞伎役者が新しいものを演るということを、勘三郎のおじの心を通して教えていただきました。
それからもコクーン歌舞伎などのお稽古や本番を裏で見せていただき、先輩方の芝居に取り組む姿勢を間近で感じてきたので、新作歌舞伎という新しいものをお届けすることの大切さも小さい頃から学ばせていただいています。今回の新作歌舞伎では、『新選組』を演る意味をお客さまにちゃんとお届けできたらと思います」
八月納涼歌舞伎「新選組」
“漫画の神様”手塚治虫の作品が初めて歌舞伎に。幕末の京都を舞台に、深草丘十郎(歌之助)と謎を秘めた少年剣士・鎌切大作(福之助)の友情、新選組隊士たちや坂本龍馬との出会いを通じて成長する丘十郎の姿が生き生きと描き出される。8月5日(金)~30日(火)までの公演。
https://www.kabuki-bito.jp/theaters/kabukiza/play/773
2022.08.06(土)
文=山下シオン
撮影=深野未季