葬儀のために親戚の屋敷へ……

『俺だけで行くの?』

 なぜかその言葉が出なかったのです。

 この時から何かに引っ張られていたかもしれない――Hさんは今でもそう思い返すそうです。

◆◆◆

 若者の不慮の死。

 誰もが納得できないであろうその現実の重みが、到着した親戚の屋敷には重くのしかかっているようでした。

 白い布がかけられた受付に近づいたHさんは、軽く会釈をして香典を渡すと屋敷に足を踏み入れました。

 鯨幕が張られた広い座敷。立ち込める焼香の匂い。

 名も知らぬ他の親族とともに弔問客席に通されたHさんはそっと座布団に正座しました。

「摩訶般若波羅蜜多心経――」

 繰り返される木魚と読経の音。

 前に並ぶ家族連れの隙間から遺族席が見えました。そこに座る遺族たちは背中しか見えませんでしたが、とても弱々しい印象でした。

 弔問客が遺族に対して向ける悲しげな表情。

 それに呆然としながらも会釈を返す遺族の仕草。

 小さい頃、お葬式はお寿司が食べられるイベントくらいに思っていたのに、歳を重ねるごとに家族の重みが感じられてしまうようになってしまったことに、Hさんは心の中でため息をもらしました。

 こういうのは気分が落ち込むなぁ――そう思ったそうです。

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