日本の伝統に対する敬意を「食」で表現
ヒガシヤギンザ(銀座)
甘味:果実と木ノ実の道明寺羹、銀杏餅、葛切り
羊羹というのは、不思議な和菓子です。目上の方への手土産にすることはあっても、自分のために買うことは稀。好きか嫌いかといえば好きですが、好きなのは味よりも雰囲気で、きっちりした形や、どっしりしたフォーマル感に安心するのです。
そんな私の「羊羹観」を覆した珠玉の名作が、「ヒガシヤ」の「果実と木ノ実の道明寺羹」。羊羹といっても「道明寺羹」は「煉羊羹」と違い、錦玉(寒天菓子)に道明寺粉を溶かして固めたもので、江戸時代に生まれた羊羹のバリエーションのひとつ。ですが、これに果実やナッツや黒糖が加わると、実にモダンな美味しさになるのです。とくに最初のひと口は衝撃的。寒天と道明寺粉のもっちりした食感と、8種の果実やナッツのザクザクした歯触りが同時に現れ、黒砂糖のコクのある甘味が広がります。
道明寺羹といえば、透き通った寒天の中を道明寺粉の白い粒が舞う様子を愛でるお菓子ですが、常識にとらわれなければ、もっと可能性が広がる。ということで、自由な発想で和菓子の新境地を開拓しているのが、「ヒガシヤ」のすごさ。自由な発想といっても、ベースには伝統的な日本の感性があるため、単なる「創作和菓子」にならないのも「ヒガシヤ」の和菓子の魅力です。
そもそも「ヒガシヤ」は、インテリアやプロダクトなどのデザイナーとして活躍している緒方慎一郎氏が、2003年に立ち上げた和菓子ブランド。緒方氏は日本の感性やモノを世界レベルにしていくことが日本人としての自身の使命だと考え、「日本」というものを表現するひとつの媒体として「食」を選び、この世界に入ったのだとか。だから和菓子をつくる際も、「日本の伝統に対する敬意」が軸としてあるわけです。
伝統に対する敬意といえば、実は「果実と木ノ実の道明寺羹」に使われている果物やナッツは、厳しい冬を乗り越え、新しい春を迎えられるように、という想いを込めて選ばれたものばかり。ひとつひとつに伝統的なストーリーがあるそうで、たとえば「黒豆」は勤勉さと健康の象徴。「クコの実」と「無花果」はハレの日を祝う紅白に見立てた素材。「南瓜」の種は、冬至を境に運が戻ってくるという、一陽来復の運盛り(縁起かつぎ)です。そのほかの「栗」「胡桃」「粟」「棗椰子」も、意味があって選ばれているのだとか。
2015.11.11(水)
文・撮影=小松めぐみ