「アルバムが発売された5日後、S状結腸がんの手術だった」(近田)

近田 ケイちゃんが2008年にリリースしたアルバム『もいちど遊びましょ Now & Then』では、表題曲に当たる「もいちど遊びましょ」の作詞・作曲・編曲を僕がすべて手がけています。発注の理由は何だったんだっけ?

増田 あのアルバムのプロデューサーだった元ビクターの川原伸司さんが、「近田さんがいいんじゃない?」と提案してくださったんです。

近田 そうだった。川原さんといえば、平井夏美という筆名で、松田聖子の「瑠璃色の地球」や井上陽水の「少年時代」(共作)を作曲していることでも有名だよね。

増田 「もいちど遊びましょ」は、あまりにも素敵な曲だったので、曲名をそのままアルバムのタイトルにも使わせていただきました。

近田 ケイちゃんの声に関してはさ、「すずめ」以降のしっとりした路線ももちろんいいとは思うんだけど、やっぱり、ピンク・レディーの時みたいにディスコっぽい、踊りたくなるような曲が合っているというイメージがあったのよ。

増田 歌い方に関する近田さんのアドバイスも的確でした。ありがとうございます。

近田 歳を取ると、人間って若い頃みたいには遊ばなくなるじゃん? でも、もっと遊んだ方がいいよってメッセージを、ケイちゃんに託したつもりです。

増田 あの曲をいただいたことで、気持ちがすごく楽になったんです。「大人になったらもっともっとしっかりしなきゃいけない」って固く信じていたところがあったんですけど、「大人になっても遊んでもいいんだ、もっと人生を楽しんでいいんだ」って教えられた気がして。

近田 実は、あのアルバムが発売された5日後に、僕はS状結腸がんの手術を受けたんですよ。ステージⅣで、その時点での5年生存率は約15%だった。

増田 そんな大変なことがあったんですね。

近田 「もいちど遊びましょ」を作った時点では、まだがんは発覚してなかったんだけどね。今振り返ってみれば、病気を治してもう一度遊べるようになりたいという将来的かつ潜在的な願望が、あの曲には込められていたのかもしれない。

増田 ライブで披露するに当たっては、この曲で絶対に踊りたいと思って、土居甫先生の最後のアシスタントだった女性に、振りを付けてもらいました。

近田 うれしいねえ。

増田 観客のみなさんが覚えやすいように、最初は、同じ振りの繰り返しにしてたんですが、ファンの方から「もっと難しい振りにしてください。素人だからって、そんなに踊れなくないですよ」っていう声が寄せられたんです。

近田 はっきり言うねえ。

増田 私のファンって、私に似てるのかな(笑)。

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