ミュージシャンとしてのみならず、幅広いジャンルで活躍してきた近田春夫さんが、半世紀を超えるそのキャリアにおいて親交を重ね、交遊してきた錚々たる女性たちとトークを繰り広げる対談シリーズ、「おんな友達との会話」。
2人目のゲストは、ピンク・レディーのケイとして、70年代後半に「UFO」「サウスポー」などのメガヒットを連発し、戦後芸能史に一時代を画した増田惠子さん。2026年は、ピンク・レディーのデビューから50周年、ソロデビューから45周年というダブルアニバーサリーの年に当たるんだとか。実は、近田さんとは、意外な深い縁があったようで……。
実はデビューが同時期の2人!
近田 僕ら、実はデビューが同時期なんですよね。
増田 そうなんですよね!
近田 近田春夫&ハルヲフォンが実質的なファーストシングル「シンデレラ」をリリースしたのが1976年6月で……。
増田 ピンク・レディーが「ペッパー警部」でデビューしたのが同じ年の8月。
近田 同期って、誰がいたか覚えてる?
増田 まずは、「嫁に来ないか」の新沼謙治さん。謙ちゃんは、いまだに酔っぱらうと電話かけてきますよ(笑)。そして、「弟よ」の内藤やす子さん、「東京娘」の桜たまこちゃんに、芦川よしみちゃんは今でも大親友。三木聖子ちゃん、朝田のぼる君、角川博さん……仲良しです。
近田 ロックバンドって、当時は本当に少なかったんだけど、僕らの同期には、どおくまんの漫画を映画化して大ヒットした『嗚呼!!花の応援団』の主題歌を歌ったグループ、異邦人がいましたね。「ちょんわちょんわ!」ってやつね(笑)。
増田 はいはい、覚えてます。
近田 僕は、デビュー当時、20代半ばだったんだけど、あの頃、その年代から芸能界入りするっていうのは結構年齢がいっていた印象があるんだよね。
増田 ええ。私だって、高校を卒業したその年にデビューしたんですけど、もう、おばさんっていう気持ちがありました。
近田 まだ20歳にもなってないのに?
増田 だって、あの頃の新人歌手は、みんな堀越学園あたりに通いながら、14歳とか15歳とか、中学生でデビューするのが当たり前だったじゃないですか。
近田 そうか。森昌子・桜田淳子・山口百恵の3人は“花の中三トリオ”って呼ばれてたもんね。
増田 だから、「スター誕生!」を経てデビューが決まった時は、やっとここまで来れたという風にホッとしたことを覚えています。何だか、高校を出て、芸能界に就職が決まったっていう感覚がありましたね。
近田 そうだろうね。ということで、僕が初めてピンク・レディーの姿を目にしたのは、NHKのオーディションだったのよ。あれは、今に至るも、人生において数少ない自慢の出来事の一つだね(笑)。
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- 文=下井草 秀
写真=平松市聖 - keyword









