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フェリーで大阪から九州へ

 さて、灯台ツアーの一日目を終えて、我々は一路大阪南港に向かった。

 夜に出船するフェリーに乗って瀬戸内海を抜け、明朝、九州の門司で下りるのである。

 待合室で休んでから、名門大洋フェリーの「フェリーふくおか」号に乗り込み、シュッとした広報の浅尾智也さんと、シュッとした山下栄治船長に「フェリーと灯台」のお話を伺う。

 船旅は好きだ。以前、二週間かけてベトナム・マカオ・香港を巡るクルーズ船に乗ったこともあるし、昨今のフェリーは快適で充実しているので、夜ゆっくり宴会をやって寝ているうちに、朝は目的地に着いているなんて、天国みたいだ。

 船というと、今でも子供の頃に読んだ絵本『チムとゆうかんなせんちょうさん』のイメージが強烈である。船長というのは、船に何かあった時に最後まで残るもの、最悪の場合船と運命を共にするもの、というイメージが刷り込まれていた。

 なので、二〇一〇年代に起きたイタリアの豪華客船座礁事故や韓国の客船沈没事故で、どちらも船長が乗客よりも先に逃げたと聞いて「えっ、それってありなの?」と思ったことを覚えている(後に、どちらの船長も職務放棄などで有罪判決を受けている)が、実際のところは慣習法であり、法的罰則の有り無しは国によるらしい。

 今はGPSもあり、機械化が進んでいるので灯台への直接の依存度は低くなっているが、やはり目印として馴染んでいるので、専ら視界の確認のほうに使うそうだ。

 後で操舵室も見せてもらったが、意外に広く、端から端まで走ったら、けっこう時間がかかりそうだし、これを数人でやりくりするのはたいへんなのではないかと思った。

 自動化は進んでいるものの、やはり船員不足で、人材の確保が問題だそうだ。

 以前、海上自衛隊も慢性的な人員不足で、常に船の定員の三分の二くらいで回している、という話を聞いたことがあったので、いずこの世界も人手不足である。

「やっぱり、『出発、進行!』とか、『ヤマト、発進!』みたいに船長が声を掛けるんですか?」と尋ねると、「そういうのはないですね」と、あっさりしたもの。

「えっ、何か掛け声とかないんですか?」と重ねて尋ねたが、「ないです。静かに出発します」という答えに、なんとなくがっかりした。

「何か、海や船にまつわる、不思議な話や怖い話はないですか?」

 実話怪談のネタになるのではないかと、船長に尋ねてみた。

 山には怪談が多く、私の知り合いの山登りの好きな人は、だいたい不思議な体験、怖い体験をしている。ヤマケイ文庫の「山怪」シリーズがロングセラーになっているのも出版業界では有名である。

 山も怖いが、海はもっと広くて怖い。幽霊船や、船乗りを惑わす魔物の伝説は、世界各地に残っている。日本にもそういう話はいろいろあるのではなかろうか。「七人みさき」みたいな。

「うーん、幽霊はないですね。生霊はあるけど」という、聞き捨てならない話。

「生霊?」

「うちの乗務員が、部屋のTVが突然点いたり、いきなりシャワーが出たりするんで、熱を出して寝込んでいる仲間が、船に乗りたくて生霊を飛ばしているのではないか、という話になったので、お坊さんを呼んでお祓いしてもらいました」

 それって、かなり怖い話なのでは?

「でも、生霊ですから」という船長、あっさりした口調が、逆にさりげなく怖かったです。

2025.09.17(水)
文=恩田 陸
写真=橋本 篤
出典=「オール讀物」2025年9・10月号