ひょんなことから『あのころangle 街と地図の大特集1979 新宿・池袋・吉祥寺・中央線沿線編』(主婦と生活社、2018年3月出版)を手にすることになった。
1979(昭和54)年の新宿・池袋、吉祥寺・高円寺・阿佐ヶ谷などの中央線タウン、早稲田・お茶ノ水・神保町などの学生街の当時の詳細地図が掲載されている同書。1979(昭和54)年版タウンマップの復刻版だ。そのマップをみていると、記憶になかった、あるいは曖昧な記憶しかなかった立ち食いそば屋を発見することになり、大いにテンションが上がってしまった。そこで今回はその中から、御茶ノ水、神保町界隈の今昔を追ってみようと思う。
題して「古今立ち食いそば屋探検」。なお、1979年の地図は一部加筆加工して掲載している。
御茶ノ水駅界隈を行く
久しぶりに御茶ノ水駅に行くと、長らく続いていた改良工事がだいぶ進んでいて、聖橋口に大きな改札口が完成していた。堂々たる外観である。

まず、御茶ノ水駅前の商店街の地図をみてみよう。1979年には、聖橋に一番近い所に「満松庵」が営業していた。「満松庵」は2~3人が入れば満員になる狭小の店で、大将はとても話好き。常連客とよく時事ネタを話していた。

確か近隣の店で働いていて店を始めたと聞いた記憶がある。つゆは濃い目、天ぷらは何種類かあってその時々にチョイスしていた。2014年10月に静かに閉店した。まだご健在だろうか。「満松庵」閉店後、「そば新」がオープンし、その後現在に至るまで「おにやんま御茶ノ水店」が営業している。

この駅前を西に進むと「レモン画翠」があり、今も元気に頑張っている。立ち食い寿司の「栃木屋」もよく行った。ここの大将はいつも疲弊していて大変そうだった。そのさらに西側には2010年頃には「明神そば」があった。

天ネタが大きく人気だったが、2022年頃惜しまれながら閉店した。
2025.08.30(土)
文=坂崎仁紀