2016年に公開されてから9年を経て、戦後80年の2025年に、リバイバル上映されることが決まった『この世界の片隅に』。片渕須直監督はどのような思いでふたたびこの映画に向き合ったのか。

 もし生きていたら、物語の主人公・すずさんが100歳となる年に再上映される意義を、片渕監督に聞いた。(全2回の1回目/2回目を読む

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映画のキーワードは「体験」

──今年、全国の映画館でのリバイバル上映を決めたのは、戦後80年への思いからですか?

片渕須直監督(以下、片渕) そこが起点ですが、観ていただくだけなら配信などでも可能です。でも、映画館で「体験」していただきたいという思いがあったからです。

 この作品は、戦前から戦中、さらに昭和21年までの広島・呉に生きた人々を通して、そこにあった日々を描く映画です。

「戦争を描く」というと、空襲とか原爆とか終戦の日だとか、ある特別な出来事のあった日を描くことを主にすることが多いのですが、そこに至る日々、それからの日々まで含めた、時の流れそのものを描きたい。そして、その流れる時を、主人公すずさんのすぐとなりで体験していただきたい。「体験」こそこの映画のキーワードです。

 音響も含めた劇場の「空間」が、そうした「体験」を作り出す大きな要素になるのではないかと思っています。2016年の最初の上映でも、映画を見終わって、劇場の外に出て、そこがすずさんが住んでいた呉ではなく、自分の今現在の街だということにあらためて気づいて驚いた、という話をたくさん耳にしました。

──だから、映画館で観てほしいと。

片渕 できれば。なるたけ、映画館の大きなスクリーンと臨場感のあるサウンドで。もちろん、ご自宅に映画館のような迫力ある5.1チャンネルスピーカーと巨大スクリーンがあれば別ですが……。

なぜ2016年版を再上映するのか?

──今回再上映されるのは、2019年に上映された『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』ではなく、2016年公開の方ですね。

片渕 『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』はいわゆるディレクターズカット版でも長尺版でもありません。別の作品となるよう作りました。

 両方ご覧いただくとわかると思いますが、ふたつの作品ではすずさんの印象が違うところへ着地していくはずです。

『この世界の片隅に』は「戦争」そのものについての映画。『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』は、戦争の中にある小さな一個人についての映画だと思います。

 今年のこの機会には、戦争というものを中心に据えた2016年版の上映がふさわしいと思いました。

2025.08.06(水)
文=週刊文春CINEMAオンライン編集部