この記事の連載
- 新田 章インタビュー【前篇】
- 新田 章インタビュー【後篇】
- マンガ『若草同盟』第1話
『あそびあい』では良いと思ったら誰とでもカラダの関係を持つ奔放な女性を、ドラマ化された『恋のツキ』では同棲中の恋人と年下の異性との間で揺れるアラサー女性を描き、話題を集めた新田 章さん。
最新作『若草同盟』で描かれているのは、東京で暮らす30代のカップル、カイロとムーさんの“山あり谷あり”の同棲生活。それぞれ生きづらさを抱えながらも、自分らしく、前に進もうともがく姿に心を揺さぶられます。インタビュー前篇では、『若草同盟』が誕生した経緯、伝えたかったメッセージについて聞きました。
『若草同盟』あらすじ
スーパーの店員・冴木カイロと、会社員・羊野アユム。それぞれやるせない気持ちを抱えて生きる2人が東京で出会い、同棲生活をスタート。最強の幸せを手に入れて、愛する人とこのまま平穏な暮らしが続くと思っていたが……。生きづらさを抱えるすべての人へ贈りたい、未熟な2人の“愛”の物語。
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「新田さんのタフさが面白い」編集者のひと言がきっかけで生まれた
――さっそくですが、『若草同盟』というタイトルには、どんな由来があるのでしょう?
“若草”はそのまま新芽の意味で、“同盟”は安部公房の小説『飢餓同盟』から付けました。虐げられている下層階級の人々が「飢餓同盟」を結成して革命を起こすという物語なのですが、内容がどうというよりも音の響きが好きだったことがいちばんの理由です。
――個人的には、カイロとムーさんの関係性にも由来しているのではと思っていました。
そうですね。2人はカップルではあるんですが、それぞれにやるせない気持ちを抱えて生きている。でも、人生は何歳になっても新しいものです。生きづらさを感じていたとしても、毎日を切り拓いて生きていく2人の物語を描きたいと思いました。
――作中では生活保護受給者である祖父母の下で育ったカイロと、いわゆる“一般家庭”で育ちながらも、世の中になじめないまま生きてきたムーさんの同棲生活が描かれています。物語が生まれた背景や、着想を得たエピソードがあれば教えてください。
カイロは私の一部で、ムーさんは私の近しい人間をモデルにしました。前作の『恋のツキ』以降、何を描こうかずっと迷っていました。これまでに描いたことがない友情をテーマにしようかとも考えたんですが、そもそも私自身が友人と深く付き合ってきた経験が少なくて。
そんなときに、気の合う編集者の方から「新田さんの“タフさ”は面白い。今の時代、タフで時代に流されない主人公を見たい読者は多いんじゃないか」と言われて、自分の“貧乏育ち”のことを、周囲の状況も混ぜながら描いてみようと思い立ちました。
ちょうどその頃、ネットやSNS上で「親ガチャ」や「弱者男性」という言葉を頻繁に見かけるようになって、ずっと違和感を覚えていたんですね。自分の中で「自分は親ガチャハズレた」と思うだけならまだしも、世の中に向けて自虐的に発信する人が増えることで、差別や偏見を助長するようで、すごくイヤでした。
いわゆる「親ガチャにハズレた」けど、臨機応変にたくましく生きているカイロと、繊細で真面目ゆえに社会で損な役回りをさせられ、ときには「弱者男性」とカテゴライズされるムーさん。カイロにももちろん感傷的な部分はありますが、あまり「そこ」にとどまらず前に進みます。一方で、ムーさんのような人が傷つけられるのがとても悲しいと感じました。
特に男性は、ありのまま生きるのが難しかったり、繊細であることを受け止められにくい。世の中には、こんなにピュアで、繊細な男の人も「いる」んだよということを描きたかったんです。
――確かに「親ガチャ」という言葉を見るたびに、そのガチャガチャの「アタリ」って何? とモヤモヤします。
そうですよね。でも、その悲惨さを訴えたかったわけではなくて。私は『この世界の片隅に』が大好きで、あの作品のように、「他人からは辛そうに見える状況下でも笑ったり、ささやかな幸せを見つけたりしながら暮らしている人がいるんだよ」と伝えたかったんです。ただ、私が描くとどうしても「惨めさ」が前面に出てしまいそうだったので、貧困から脱し、東京で自立したカイロをあえてメインにしました。
2025.02.05(水)
文=河西みのり
写真=深野未季