この記事の連載
お盆毎日怪談#1 「離れの配膳」前篇
お盆毎日怪談#1 「離れの配膳」後篇
お盆毎日怪談#2 「赤い帽子の女」前篇
お盆毎日怪談#2 「赤い帽子の女」後篇
働き始めたのは大きな造りの旅館

バイト初日。駅から迎えの車に乗って山中の旅館を目指しているうちに、まるで小旅行のような気持ちになったそうです。ただ、ひとつ気がかりだったのは先輩から聞いたある言葉。
『OBの人が言うには、募集は口コミだけで偽名でも大丈夫だって。彼がバイトしていた時は“佐藤だらけ”で笑ったらしいよ。給料も手渡しだったって』
まあ、田舎の古い旅館だからこういうこともあるか――そう割り切って楽しむことにしたそうです。
到着した旅館は2階建てで離れもある大きな造りだったそうですが、くすんだ木製の外装は年季を感じさせ、正直、背後に生い茂る深緑の山々に飲み込まれているような陰気さがありました。
おずおずと中に入ると、40代後半と思しき女性が出迎えてくれました。バイトの約束で来た者と伝えると、自分はここの女将であり、仕事の準備はできているので従業員用の控え室に早速来て欲しい、と笑顔で対応してくれたそうです。
事前に伝えていた通り、Aさんは昼過ぎから夜までのシフトを担当となりました。
「じゃあ、早速お皿洗いからいいかしら? 厨房を案内するわね」
2025.08.09(土)
文=むくろ幽介