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「あのぉ……こんばんはぁ」

 寝息すら聞こえてこない月明かりだけの部屋。きっと、皆一様にYくんの様子を伺っていたのでしょう。

 静寂を破ったのは、Yくんの声でした。

「あのぉ……こんばんはぁ」

 そっと目を開け、目線をかすかに右に向けるとYくんの足首がありました。

「いや、多分、皆寝ています。はい、今日も練習でした。なんか昨日から調子良くって。いやぁ~そうですかねぇ~……へへ」

 Yくんは本当に窓の向こうにいる女性と思しき存在に話しかけていました。

「ああ、はい、Mとも結構話しました。そうなんですよぉ、結構ノリのいい感じで。こいつとはあんまり喋ったことなかったんですけど」

 ふいに向けられた視線、いえ、正確にはその視線にYくん以外の視線も感じたことが恐ろしくて、Mさんはサッと目を閉じました。

「……僕もう寝ないと。先生が見回りに来ちゃうんですよ。じゃあ、おやすみなさい」

 モソモソと窓ガラスに近づき、チュッとぎこちないキスの音がした後、Yくんは静かに布団に戻ってきたようでした。

 一体、こいつは何を考えているんだ……。

 とても冗談とは思えない。だからこそ怖い……。だって、これが冗談じゃないのなら、窓の向こうに……——Mさんはそっと目を開けて窓の方を見たのです。

 女が窓の外に立ってこちらを凝視していました。

 そこで、Mさんの記憶は途切れているそうです。

2025.05.06(火)
文=むくろ幽介