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管理人さんの笑顔

時は経ち、Mさんは大学生になりました。周りから「お前には勿体無い」と言われるくらい可愛い彼女もできて、2人でドライブデートに行くことが彼の大きな喜びでした。
そんな風にドライブデートに出かけていたとある日、かつて行ったあの合宿先の近くを通りがかることがあり、おぼろげな記憶を彼女に話してキャッキャと怖がっているうちに、ちょっと寄ってみようということになったのです。
あの少年自然の家は今もそこにありました。あのときは大きく感じた建物も、今見るとこぢんまりとしており、あの窓も記憶ほど高くはありませんでした。
「何かご用ですか~?」
聞き覚えのある語尾に振り返ると、あの管理人さんがそばに立っていました。白髪混じりですっかりおじいさんになっていましたが、柔和な笑顔はあのときのままです。
経緯を話しているうちに彼もMさんのことを思い出したそうで、思い出話に花が咲きました。
「彼も無事でよかったよねぇ~」
「えっと、つかぬことをお聞きするのですが、あの女……いえ、あの窓の下の花束って、やっぱりあそこで誰か亡くなっていたってことですよね」
管理人さんはじっとMさんの目を見ていたそうです。
「いいえ~。あの窓から落ちたことくらいで、ほかに怖いことなんて起きてないですよ~」
後ろに組んだ彼の手には、安っぽい色紙で丸められた花束が握られていました。
「え、じゃあ、その花束は……?」
「ああ、これ? いやぁ~年甲斐もなくて恥ずかしいなぁ。でも、女の人って花束が好きでしょ。だから、ずっとあの人に渡しているんですよ~」
以来、Mさんはその地方には一度も近づいていないそうです。
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禍話
2025.05.06(火)
文=むくろ幽介