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入江をはさんで向こう側にせり出したもう一つの岬の突端に見えるのは……

 と、ディレクターの合図で、石嶋さんが私を促した。

「じゃあ、お万の方さまの後ろに何があるか見てみましょうか」

 根っから素直な私は台座の裏側へ回り、〈お万の方さまの後ろ〉、つまり銅像の背中をまじまじと見上げた。朝日に照らされてつるりぴかりと光っている。

「えーと、そうじゃなくて」

 石嶋さんが困惑げに指さしたのは、銅像が背にしている東の海の方角だった。目の上に手をかざしたとたん、わあ、と声がもれる。

「ここから、見えるんですね」

 直線距離にして一キロくらいは離れているだろうか。弓なりの入江をはさんで向こう側にせり出したもう一つの岬の突端に、白い灯台が立っている。離れているぶん小さくて、ケーキの上に飾ったロウソクみたいに見える。

 しかしどう考えても、私が今いる八幡岬のほうが海へと長く突き出しているはずだ。どうしてこちらに灯台を作らなかったのか。

「高いんですワ、向こうのほうがだいぶ」

 お万の方が崖を伝い下りたこの八幡岬は、先にも述べたとおり標高三十七メートル。向こうのひらめヶ台は五十三メートル。そこに灯台を建てたおかげで灯高は七十一メートルとなり、周囲に遮(さえぎ)るものがないため、遠くまで光を届ける事ができる。灯台単体の背丈は野島埼灯台に比べると八メートル低いのに、光達距離は十キロも長く、四十一キロメートルにも及ぶという。

「おまけに岩盤もしっかりしてますのでね。関東大震災の時にもびくともしませんでした」

 眩しさのせいか、あるいはまた誇らしさからか、石嶋さんは目尻に深い皺(しわ)を刻みながら遠くの灯台を眺めやった。

 くねくねと曲がる崖っぷちの道、覆いかぶさる照葉樹林をくぐり抜けるようにして、車で灯台の近くまで移動する。

 そこで待っていてくださったのは、勝浦市長の照川由美子(てるかわゆみこ)さんだった。小柄だけれど華やかでパワフルで、お声がとても良く通る。

 最初はテレビカメラの前での〈お約束〉、出会いのシーンを撮る。え、市長さんでいらっしゃるんですかー、初めましてー、どうぞよろしくお願いしますー。

「それでは、我が街・勝浦の代表的な観光スポット、勝浦灯台。今日はわたくしがご案内させていただきましょう」

「はい、ぜひ」

 並んで歩きだそうとした時だ。

「その前に!」

 と照川さんが言った。ふり向けば、墨文字の書かれた団扇(うちわ)がジャジャン! とかざされたところだった。

「『100年ゼロ!』―勝浦には、この百年間で一日も猛暑日がないんです」

 なんと、それは羨(うらや)ましすぎる。てか、その団扇、今どこから出しましたか。

 再び、ジャジャン!

「『430年以上!』―勝浦の朝市は、長~く受け継がれています」

 おお、懐かしい。日本三大朝市のひとつ、歴史ある青空マーケット。たしか水曜日以外は毎日、生活に根ざした様々な市が立ったはず。

 三たび、ジャジャン!

「『全国有数の!』―勝浦漁港は、鰹(かつお)の水揚げ量では関東で一番なんですよ」

 怒濤(どとう)の勢いでご当地アピールを済ませた頼もしき勝浦市長は、団扇を元どおり紙袋にしまって秘書の方に渡し、私に向き直るとニッコリした。

「さ、まいりましょうか」

2024.12.20(金)
文=村山由佳
写真=橋本 篤
出典=「オール讀物」2024年11・12月特大号