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 芸歴19年・41歳で上京し、急速に活躍の場を広げているガクテンソク・奥田修二さん。上京する前のコロナ禍から書き始めたnoteをベースにした初エッセイ『何者かになりたくて』(ヨシモトブックス)が話題です。

 15年にわたるM-1グランプリへの挑戦から『THE SECOND~漫才トーナメント~』のチャンピオンになるまでの胸アツなエピソードは、読み応えたっぷり。さらに、チャンピオンになっても浮かれられない、でも「何者」かになることを諦めない奥田さんの人生との向き合い方・考え方は、遅咲き芸人ならではの含蓄に富んでいます。重版もかかった今、その背景を聞きました。


“何者かになりたくて”頑張っている人へ

―――著書「何者かになりたくて」は、奥田さんが2021年から書き始めた「note」がベースだそうですね。いつごろから書籍化を意識したのですか?

 2024年の夏ごろ、書籍化のお話をいただいてからです。編集さんがたまたま僕のnoteを読んでくださっていて。多少の加筆修正で本になるのかなと思いきや、全体の半分くらいは加筆・書き下ろし・語り下ろすことになって驚きましたけど。でも結果的に、noteの読者の方にも楽しんでもらえる1冊になったんじゃないかと思います。

――本のタイトル「何者かになりたくて」とは、どういう想いから?

 2010年末にM-1(第一期)が終わった直後は相方との関係も最悪で、お互い一挙手一投足がムカついてました。活動拠点だったbaseよしもと(若手専門の劇場)も閉鎖となり、芸人はともかくコンビを続けていくのはもう無理だと解散を切り出そうとしたら、相方から先に切り出されてしまったんです。

 「どっちが先に言ってんねん!」と。相方の言う通りにするのがイヤすぎて口ゲンカになり、僕のほうが口が達者なせいで解散は無しになりました。そのとき「漫才で“何者かになって”から解散する」と決めたんです。

 この本の編集さんには当初、「世のおじさんたちが前向きに頑張れるような本を」と言われたのですが、僕自身がそこまで前向きかというと、そうでもないんですよ。「前に向かって、頑張って進んで行こうぜ」というより、「向かい風でも、できる限りその場所で踏ん張って行こうぜ」という本になった気がします。

――希望の持ち方が若者とはまたちょっと違いますね。

 若いときって、先に広がる世界が無限に思えて、それが怖くて立ち止まってしまうこと
があると思うんです。でもおじさんは、やることが見つからなくて普通に立ち止まってしまう可能性がある。それなら一旦後ろを振り返って、やり残したことをやっていったらいいやん? って。そうすれば、少なくとも立ち止まらずに済みますから。

2025.07.01(火)
文=伊藤由起
写真=佐藤 亘