よろしくお願い申す、とお辞儀をされても、まだ見上げるほどに茂丸は大きい。
日に焼けた顔はいかにも健康そうで、手入れのされていない太い眉毛は、大きな毛虫のようである。丸っこい団子鼻と黒々とした瞳が、ともすれば恐ろしく見えてしまいそうな顔立ちを、一転して優しそうな印象に変えている。その雰囲気は、熊から獰猛な部分を全て抜き取ったかのようであり、いかにも気持ちのよさそうな青年であった。
「……お前、年はいくつだ」
「は。あとふた月で、十八になります」
「じゅうはち」
勁草院へ入ることを峰入り、もしくは入峰というが、その資格は満年齢で十五から十七の男子に制限されている。貴族の子弟は、大抵十五になるのを待ち構えるようにして勁草院に入るから、峰入りの時点で十七を数える者は、平民階級出身の者がほとんどだった。
一応は地方貴族のくくりに入る市柳も、十五の年で荳兒となったから、奇しくも自分よりも年上で、はるかに大柄な後輩を持つことになってしまった。
緊張する後輩に対し、先輩らしく頼もしい言葉をかけるという当初の理想像は、音を立てて崩れ去った。茂丸に先達を敬う姿勢が感じられたのは幸いだったが、なんというか、もっとこう、初々しい感じの後輩を想像していたのだ。
「ええと、ああ、そうだ。俺は、草牙の市柳だ。一年間同室だが、よろしく頼む」
まだ名前も教えていなかった、と慌てて言えば「存じ上げております」と屈託のない笑顔が返って来た。
「自分は、風巻郷の出身ですから。郷長さんのところの三男坊殿のお噂は、かねがね聞いておりました。すっかりご立派になられたようで、郷民として誇らしいです」
地元の者だったか。これは、ますますやりにくい。
市柳が返答に困った時、「お前も知っているんだろう?」と、不意に茂丸が背後を振り返った。
そこでようやく市柳は、茂丸の巨体に隠れて、もう一人の新入りが来ていたことに気が付いた。随分と小柄なようだったので、せめてこちらには威厳を保たなければ、と姿勢を正しかけた時だった。
2024.09.27(金)