嫌な予感を振り払うように、市柳は茶碗に残った白米を勢いよくかき込んだ。
食堂を出た一行は、揃って道場に向かった。
まだ春休み中のため、朝の鍛錬は強制ではない。自主的に集まった者の間で軽い打ち込みを終え、汗を流すために、道場から水場へと移動しようとした時だった。
「おい、新入りが来ているぞ!」
一足先に行っていた者に声を掛けられて、市柳達は「おおっ」と声を上げた。
「随分早いなぁ」
「本当に新入りか」
「おそらく。しかも、飛車で来ている」
飛車は、大烏に牽かせて空を飛ぶ、高級貴族にしか許されない乗り物である。
そいつはきっと、今朝話題となった『化け物』に違いない。
察した連中は我先にと駆けだしたが、『化け物』とやらに嫌な予感を覚えている市柳の足取りは、ただひたすらに重かった。最後尾からのろのろと追いつけば、すでに躑躅の植え込みに鈴なりとなり、友人達が後輩の様子を窺っていた。
「なるほど。家財道具を持ち込むために早く来たのか」
「見ろよ、あの荷物の量。俺なんて、風呂敷ひとつだったぜ」
「しかもあそこって、ここで一番新しい坊じゃなかったか」
「教官達が気を利かせたんだろ」
冷やかし半分、やっかみ半分の仲間の言葉に、市柳は「おや」と思った。市柳が知る限り、『化け物』として思い浮かべたあいつは、贅沢を好むような性質ではなかったのだが。
おそるおそる同輩の頭越しに覗き込んだその先に、件の少年がいた。
真っ先に目に飛び込んできたのは、満開の桜の木の下で、偉そうに肩をそびやかす後ろ姿である。
朝の光の中、濃い赤の裏地に、白い綾織物を重ねた見事な装束が輝いていた。
自らは地面に仁王立ちしたまま、薄紫のぼかし模様に金箔をちりばめた扇で指示を出し、下人に荷物を運ばせている。つやつやとした赤茶の髪は丁寧に梳られており、下人に話しかけられて振り返ったその顔は、市柳が今まで見た誰よりも端整だった。
2024.09.27(金)