荳兒、草牙、貞木のうち、自室を持てるのは貞木だけで、荳兒と草牙は、狭くても一つの部屋を三人で共有しなければならない決まりだった。大抵の場合、坊の責任者となる草牙一人に荳兒二人が割り当てられ、草牙は後輩を監督すると同時に、指導役として、勁草院での生活の「いろは」を叩き込むのである。
この共同生活は荳兒にとって、とてつもない苦痛だった。
毎年、進級するまでに半数近くの荳兒が消えていく原因は、風試の難しさもさることながら、八咫烏関係の悩みが多いと思われた。市柳とて、先輩とは良好な関係を築けていた方だとは思うが、それでも大変だったのだ。草牙となり、同室の先輩に気兼ねせずに済むのが嬉しくもあり、後輩が出来るのが楽しみでもあった。朝に「先輩ぶりたい」と評されたのは業腹だったが、言われてみれば確かに、そういう気持ちはあるのだった。
もうすぐ、同室となる後輩達が挨拶に顔を見せる刻限である。
内心は落ち着かなかったが、少しでも偉く見えるようにと、坊の奥に据えられた机に向かう。やがて外が賑やかになり、隣り合った部屋から少年達の緊張した声が聞こえ始めた。
そろそろかと思い始めた頃、とうとう扉の前で誰かが立ち止まる気配がした。
「お頼み申す。十番坊の先輩は、すでにおいでか」
まるで道場破りにでも来たかのような、朗々とした声である。新入りと言えば、遠慮がちな不安を含んだ声を想像していたので、市柳はこれを意外に思った。
「入れ」
入室を許せば「失礼いたす」と答えると同時に、豪快に引き戸が開かれる。
そこに立っていたのは、入り口いっぱいに広がる、大入道のような巨体だった。
呆気にとられた市柳に構わず、大男はそのまま入って来ようとして、ごちん、と頭を鴨居にぶつけた。痛そうに顔をしかめた後、照れたように笑って、のそのそと市柳の前で膝を折る。
「お初にオメにかかりまする。十番坊でお世話になることと相成りました、茂丸にございます」
2024.09.27(金)