阿部智里さんの大人気和風ファンタジー「八咫烏シリーズ」を原作とするTVアニメ『烏は主を選ばない』。いよいよ全20話で最終回を迎えます。しかし、累計200万部突破&第9回吉川英治文庫賞を受賞した本シリーズは、ここからさらに大きな展開を見せていきます!

アニメ最終回に続く山内を舞台とし、原作小説ファンの中でも絶大な支持を集める第4巻『空棺(くうかん)の烏(からす)』の序章を全文無料公開――アニメファンにもお馴染みの愛すべき八咫烏たちの活躍にご注目ください


八咫烏シリーズ 巻四
空棺(くうかん)(からす)
阿部智里

序章

 ――おい、聞いたか。今年は、とんでもない化け物(・・・)が入って来るらしいぞ。

 そんな話し声が聞こえてきたのは、もうすぐ新入り達がやって来るという、当日の朝のことだった。

「化け物ってのは、なんだ」

「腕が立つって意味か」

 怪訝そうに問い返した連中に向け、朝餉の席に噂話を持ち込んだ男はこう答えた。

「それは分からないが、どうも大貴族の御曹司らしい。今、勁草院(けいそういん)にいる誰よりも身分が高いのは明らかだ」

 道理で、と雑然と並べられた食膳の上に、納得した空気が漂った。

「ここ最近、中央出身の奴らが落ち着かねえと思ったら、それが原因か」

「下手すりゃ自分のお株を奪われちまうもんな」

「下手しなくても、あいつらが今までみたいに威張り散らすのは無理だろうさ」

 もとより、身分を笠に着るしか能のなかった連中だ。自分達より格上の新入りが入って来るとしたら、今度は彼らの方がご機嫌伺いに奔走するようになるのだろう。

「くだらねえ」

 盛り上がる同輩達の横で、市柳(いちりゅう)は小さく吐き捨てた。「とんでもない化け物」とやらに興味を持って聞き耳を立てていたのだが、馬鹿らしいことこの上なかった。

「どうしたよ、市柳」

 小声の悪態に気付いた友人が振り返ったので、市柳はこれみよがしに鼻を鳴らしてみせた。

2024.09.27(金)