2024年4月6日からスタートのNHKアニメ『烏は主を選ばない』の原作となっている、阿部智里さんの大人気和風ファンタジー「八咫烏シリーズ」。累計200万部突破&第9回吉川英治文庫賞を受賞した本シリーズの第2巻『烏(からす)は主(あるじ)を選ばない』の第1章の全文を無料公開します。
八咫烏シリーズ 巻二
『烏は主を選ばない』
阿部智里
第一章 ぼんくら次男
雪哉に意識が戻った時、最初に目に入ったものは、日の落ちかけた空であった。
にじむような形をした雲は、斜陽を含んで金色に光っている。
何気なく起き上がろうとして、全身に走った痛みに目をつむった。
「ちくしょう……思いっきりやりやがって」
起き上がるのを断念して、再び地面の上に大の字となる。
空気はきんと澄みきっており、寒さに、手足の感覚がおぼつかない。
転がった状態のまま空を眺めていると、淡い夕焼けの中を、こちらに向かって飛んで来るひとつの黒い影を見つけた。
烏である。
それも、普通の烏よりもはるかに大きい、三本足を持つ烏が一羽。
どんどんこちらに近付いているのを認めて、雪哉は「あちゃあ」と額に手を当てた。
眺めているうちに、烏は雪哉のすぐ上までやって来た。急降下し、このままでは地面にぶつかってしまうという段になり、烏の姿がぐにゃりと崩れる。飴細工のように、ひしゃげて溶けたかのように見えた体は、次の瞬間には立派な人間の形となっていた。
「雪哉!」
雪哉の目の前に降り立った時、一羽の大烏は、黒い衣をまとった、ひとりの少年の姿に変わっていた。
紛れもない、雪哉の兄である。
「どうしたの、そんなに恐い顔をして」
何かあった? ととぼけて見せると、兄の額に青筋が浮かんだ。
「馬鹿野郎! お前を探しに来たに決まってるだろうが」
今を何刻だと思っている、と怒られた。しかし、声を荒らげてはいるものの、その目には気遣わしげな色が浮かんでいる。兄の視線が自分の怪我に向かっていると気付き、雪哉はごまかすように笑った。
2024.04.15(月)