「心配かけて悪かったよ」

「怪我の具合は」

「大した事ない。転んで、頭を打っただけだし」

「転んで、腹に足跡が付くのか?」

 兄は、うさんくさげに弟の体を見まわしてから、ふと真顔になった。

「――昨日の奴らか」

「だから、転んだだけだってば」

 苦笑した雪哉に、兄は「誰が信じるか」とばかりに鼻を鳴らす。

「しかしどうするんだお前、その顔」

「何が」

「青タンだらけだぞ」

 今日は、新年の祝いのために、領主の屋敷に向かう事になっているのである。

 お偉いさんもたくさん集まるから、ちゃんとした格好で来るようにと、すでに屋敷の方で待つ父に、再三口をすっぱくして言われていたのだ。

「ああ、そうだっけ? でもまあ、なんとかなるでしょ」

「……お前、今度は何を企んでいやがる」

「別に何も」

 雪哉は笑って「時間が無いんじゃなかったの」と兄の顔を窺った。

「ほら、さっさと着替えて、日が暮れる前に、北家本邸まで行かなくちゃ」

 そう言って振り仰いだ空の色は、先程よりも夕闇に近い。

 雪哉達、八咫烏の一族は、夜になると転身する事が出来なくなる。空を飛ぶのであれば、急がなくてはならなかった。

「お前、今度は一体何をやらかした!」

 三兄弟の父親は、頭を抱えたまま悲痛な叫びを上げた。

「はあ。ちょいと転びまして」

 ぬけぬけと言い放ったのは、父親が頭を抱える原因となっている次男坊である。

 屋敷の表口に打ち揃った家族の中で、雪哉の姿だけが異様に目立っている。

 兄や弟と同じく、きちんとした正装をしているものの、その顔には見事な青あざが浮かんでいた。それどころか、瞼が切れて腫れあがり、片目がほとんど開いていない状態である。今も、ぞくぞくと集まりつつある他の郷長の家族達が、雪哉を見ては小声で何事かを囁き合っていた。

 北領が垂氷(たるひ)郷、郷長である雪正(ゆきまさ)は、若くしてその地位に就いたことで有名であった。

 八咫烏が支配するこの『山内』の地は、四つの領と、それを区分する十二の郷によって構成されている。当然、郷長という地位は低いものではない。世襲制であるとはいえ、二十歳そこそこでの郷長就任は、異例と言って過言ではなかった。

2024.04.15(月)