一時期はそれについてとやかく言われていたが、正式に領主の娘を嫁に貰って以来、そのような不満を唱える者もいなくなった。跡目である長男は大変優秀であるし、雪正は、一見して、大変満ち足りた生活を送っていたのだ。

 ――たったひとつ、悩みの種となっている、次男坊の存在を除いて。

 困った事に、次男の雪哉はとんだ馬鹿者であった。そもそも、頭の出来が悪いのではないかと雪正などは疑っている。一つ年上の長男、雪馬(ゆきま)と机を並べていられたのはほんの一時だけ。そのうち、五つ年下の弟にも追い抜かされたと聞いて、頭痛がしたものだ。数年前などは、迷子になった弟を探していた雪哉自身が迷子になるという、笑い話にもならないのろまっぷりを発揮してくれた。おかげで垂氷郷では「郷長のとこのぼんくら次男」として、雪哉は変に有名である。

 おまけに、腑抜けでもある。武家にはあるまじき性格をしていた。

 垂氷郷のある北領は、武人の多い領だ。当然、彼らを統べる立場にいる郷長一族も武に優れている必要があった。雪正の叔父や弟達は中央で高名な武人であったし、三男の雪雉(ゆきち)も、ゆくゆくは同じ道を辿ることが期待されている。

 しかし、雪哉だけは駄目だ。武人として中央入りなんてさせた暁には、垂氷郷、ひいては北領の恥として、末代まで語り継がれるだろうという嫌な確信があった。何せ、闘志というものが欠片もないのだ。毎朝の素振りもへろへろと頼りなく、三兄弟で手合わせをさせれば、「始め!」の声と共に木刀を取り落とす始末だ。

 三兄弟の中で唯一、少々厄介な出生である事情も含め、雪哉だけ、どうにも行く末が不透明なのである。

 雪正は天を仰いだ。

「勘弁してくれ……。お館さまに、一体何と申し上げれば良いのだ」

 豪胆な北領領主の事だ。𠮟責はされないだろうが、逆に「武家の子が情けない」くらいは言われるかもしれなかった。

「一応、井戸の水で冷やしてはみたのですが」

2024.04.15(月)