「若宮殿下の近習だって?」
仲間達が、「本当か」「そりゃすごい」と口々に言って目を瞠る。
若宮は、いずれこの山内を背負って立つ日嗣の御子だ。その近習ならば、将来は、金烏陛下の側近として朝廷で権力を握る可能性が高い。
その化け物とやらが今の山内において、最も明るい未来を持った八咫烏なのは間違いなかった。
「……しかし、妙だな。それなら直接朝廷入りすればいいのに、どうしてわざわざ勁草院なんかに来るんだろう」
怪訝そうな一人の言葉に、市柳はふと眉を寄せた。
今の朝廷には、その生まれに応じて官位が与えられる『蔭位の制』が存在している。若宮が身分の低い者を気に入り、正式に取り立てようとして勁草院に送って来るのならば分からなくもないが、噂の『化け物』とやらは、大貴族の生まれだという。
「なんでも、蔭位の制で取り立てたのでは、腕が勿体ないと言われたんだとか」
「勁草院に入れたところで、必ず卒院出来るというわけでもないのにか?」
勁草院の厳しさを知っている同輩達は、一斉に顔を見合わせた。
「いまいちよく分からねえな。いくら優秀だって言っても、中央貴族にしてはの話だろ?」
「でも噂が本当で、身分も高いのに腕っぷしまで強かったら、そりゃあ、確かに化け物だぜ」
「何にせよ、鼻持ちならないクソガキでなければいいんだが」
わいわいと盛り上がる同輩達の中で、市柳は押し黙り、たった今与えられた情報を反芻していた。
大貴族の坊ちゃんで、若宮殿下の近習。高貴な血筋から、そのまま官位につくことも可能だったのに、あえて勁草院にやって来る新入り。
ぽん、と軽やかな音を立てて、一人の少年の顔が思い浮かんだ。
――まさか、あいつではないだろうな。
思ってから、いやいやと頭を振り、あの能天気を装った、邪悪な笑顔を脳裏からかき消した。だってあいつは、はっきりと言ったのだ。自分は勁草院には行かないし、中央で宮仕えするつもりもない、と。だからこそ自分は、わざわざ勁草院に入ったというのに。
2024.09.27(金)