「今の話じゃ、そいつは単に身分が高いってだけだろ。それで化け物とか、笑わせるにもほどがある」
俺達は武人だぞ、と市柳はしかつめらしい顔で同輩達を見回した。
「いくら生まれがよかろうが、剣の腕がないんじゃ話にならねえ。道場で実力を見る前に、こうやって騒ぐのは感心しねえな」
市柳達が在籍する勁草院は、宗家の近衛隊、山内衆の養成所であった。
この山内に住まう八咫烏、その全てを統べる金烏は、朝廷を内包した中央山に居を構えている。
中央山を含む中央鎮護のために編まれた軍が羽林天軍であるのに対し、山内衆はあくまでも宗家――金烏の一族の警護が職分だ。羽林天軍の頂点に立つのは大将軍だが、山内衆は自身の護る宗家の者に、直接指示をあおぐ立場となる。
山内衆は、他の兵とは一線を画す精鋭集団なのである。
当然、命令に応じて与えられる権限も大きくなるので、山内衆になるためには勁草院で厳しい修業を積まねばならない。
勁草院へ入るには、才覚さえあればその身分は問われないとされているが、それが実態を伴っていたのは昔の話となってしまった。市柳の発言は、血筋を重んじる院生を腹立たしく思っているがゆえだったのだが、同輩達は、まるで喋る犬にでも出くわしたかのような目つきになった。
「なんだ、あいつ。どこかで拾い食いでもしたのか」
「違う、違う。新入りに先輩ぶりたいから、今から格好つけているだけだって」
そっとしておいてやろうぜ、と聞こえよがしにひそひそ話までされる始末である。
「お前らな」
思わず立ち上がりかけた市柳を制するように、話を始めた男が両手を上げた。
「まあま、落ち着けって市柳。俺だって、何も身分が高いってだけで、化け物呼ばわりなんかしねえさ」
他にもちゃんと理由があるのよ、とわけ知り顔でにやりと笑う。
「何たってそいつは、若宮殿下の近習だったらしいからな」
2024.09.27(金)