肌の色は、曙光を浴びた咲き初めの白牡丹のよう。ぱっちりと大きな目は、日に当たった泉のようにきらきらと輝いている。まるで女の子のような甘い顔立ちだったが、引き結ばれた唇ときりりとした眉が、彼の美貌をただの大人しいものにしていなかった。利かん気の強さと自信の大きさを垣間見せる少年は、ただ美しいというだけでなく、人を惹きつける魅力が既に備わっているようだった。

 宮廷の詩人がこの場にいれば、詩歌のひとつやふたつでも詠みだしかねない佳麗さである。

 だが、彼の見目のよさなんて、市柳は全くもってどうでもよかった。ただただ、そこにいた「若宮の元近習」とやらが、()でないことに安堵したのだった。

 よかった、あいつではなかった!

 それが分かった途端、さっきまでの鬱々とした気分が、嘘のように吹き飛んだ。

 少年の造作を見た仲間達が「すごい顔だな」「ほら、貴族ってのは、美人ばっかり妾にするからさ」「くそ、顔面から転んじまえばいいのに」と囁きあうのにも、晴れやかな心持ちのまま背を向けることが出来たのだった。

 水浴びをした後、市柳は新しく割り当てられた坊へと向かった。

 二号棟、十番坊。

 ここがこの先一年、市柳の城となる部屋である。勁草院の院生は、初学年から最終学年まで、三年間をかけて三つの試験に合格しなければならなかった。

 山内に伝わる古い文書の中に「疾風(しっぷう)勁草(けいそう)を知り、厳霜(げんそう)貞木(ていぼく)()り、荒嵐(こうらん)泰山(たいざん)を見る」という言葉がある。

 ――強い風が吹いてこそ、芯が強い草が明らかになる。また、厳しい霜がおりた時に(ただ)しい木を知ることが出来るように、真の困難に遭った時こそ、真の強者が明らかになるのだ。

 これにちなみ、勁草院における三つの試験を、それぞれ風試(ふうし)霜試(そうし)嵐試(らんし)と呼ぶ。

 初学年の院生は荳兒(とうじ)である。まだ芽も出ていない(たね)であるが、学年末の風試に合格すれば、これが芽吹いて草牙(そうが)となる。一年後、草牙を対象に行われる霜試を乗り越え、最終学年となれた者は貞木(ていぼく)と呼ばれる。多くの種子から芽が出ても、そこから大木に成長出来るものが少ないように、貞木になれる者はごくわずかだ。その上、三つの試験の中でも一番難関なのが最後の嵐試であり、ここでよい成績を修めなければ、山内衆になることは許されないのである。

2024.09.27(金)